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無味を味わう

 このまえEddie Higgins Trioの『Amor』を図書館から借りた。MDに録音して朝の通勤時に聞く。さいしょ失敗したと思った。あまりにも淡々として平凡。単調でたいくつ・・・。

 ところが、どうしたわけかずっとずっと毎日聞き続けて来ているけれど飽きない。これはどうしたことか。

 どんな曲も毎日聞いていれば耳についてきて、たいてい一月と「もたない」のは当然だ。飽きてしまう。しかしこの『Amor』はたぶん一月以上も聞きつづけている。しかも晩には書斎でも聞いている。本を読んだりパソコンをいじったりしながら。

 あまり耳につかない。あまり明確に意識にのぼらない。だから飽きずに長く「もつ」のか?

 いつばん耳につく曲は「Histria De Un Amor」。これはなかなかいい。しかし逆にこういう曲は「いいなあ」と思いながら意識して聴き続けていくうちに飽きてしまうのかもしれない。

 こんな音楽をつくるというのは、海千山千の人生の荒波をやり過ごし、欲得や利害を超越し、人生を達観した覚者のなせる業なのだろうか(というのは大げさか)。

 で、こんどはジャニーヌ・ヤンセンというオランダ生まれの美しい女性のヴァイオリンを聞く。バッハの『インヴェンションとパルティータ』。パルティータはともかく(なんで無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータがインヴェンションといっしょになっているのか意味不明)、2声と3声のインヴェンションはいい。目立たず柔らかい音色を聞いていると、「無味を味わう」(老子)という味わい方ができそう。

 パルティータのシャコンヌなどを朝の通勤時に聴いた日には神経が張りつめてプッツンして事故ってしまうだろう。この曲にはいつも鳥肌が立つ。身も神経も「もたない」。

 だからすぐにインヴェンションに切り替える。この曲を聞いているとまるで懐かしい子ども時代の夢のようだ。このまえ原田泰治の描く『ふるさと心の風景』(シリーズ第1集 夏の風景)という切手のシリーズを天竜川の上流の道の駅で買ったが、そんな原風景を思い出す。これなら飽きずに長く「もつ」だろう。

 「もつ」とは命を保つこと。命を保つとは『老子』の「無味を味わう」に通じるのではないか。

 「無為を為し、無事を事とし、無味を味わう」(第63章)。



JUGEMテーマ:音楽


mojabieda * 音楽 * 18:12 * comments(0) * trackbacks(0)

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