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四つ葉のクローバー

 世の中は知らないこと・分からないことばかりだ。ちょっとしたことでも気になってしまうのは性分か。

 通勤途中でときどき見かける車の「四つ葉マーク」と「車いすマーク」の違いも知らなかった。車いすマークは公共機関などで、身体障害者が利用できる建物、施設であることをあらわすマークらしい。個人の自家用車に付けるたぐいのものではないようだ。

 いっぽう車に貼られた四つ葉マークは身体障害者がその車を運転していることをあらわすマークだという。6年くらい前に設定されたという。

 で、ふと思う。「しかし、どうしてそのマークが四つ葉のクローバーなのだろうか」と。

 ネットで広報「けいしちょう」を見ると、次のように記されていた。「このマークは幸せの象徴である四つ葉のクローバーをモチーフに「愛情・優しさ」を4枚のハート形の葉で表現し、優しさや譲り合いによって、より良い交通社会の発展を願って図案化されたものです」。

 なるほど。しかし葉がハート型うんぬんというのは、とってつけたような理由だ。なぜならハート型の葉はシロツメクサではなくカタバミの方だから。それをあえて四つ葉のクローバーだというからには、それなりの意図があるのだろう。

 新幹線の一等車(グリーン車ともいう)の標識が「四つ葉のクローバー」なのは、なんとなく分かる。庶民にとっては高嶺の花ならぬ四つ葉のクローバーそのものだから。

 ともかく分からないこと・ふしぎなことが多い。

 クローバーはシロツメクサとも呼ばれているのでシロツメクサについてネットで調べてみた。

 シロツメクサの「ツメクサ(詰め草)」とは、弘化3 (1846)年にオランダから献上されたガラス製品の緩衝材として詰められていたから、とネットの百科事典などに見られる。

──弘化3(1846)年?
 
 どうしてこんなにも年代がはっきりしているのだろう、ふしぎだ。

 だとしたら、きっと確かな出典や由来があるはずだ。もしそうでないのなら、「一犬形に吠ゆれば百犬声に吠ゆ」たぐいかもしれない。

 ネットによれば、「さつまあげ」も同じ弘化3年に琉球から伝わったという。シロツメクサと同じ年とはぐうぜんか?関係ないがアサヒビールのアサヒ飲料も弘化3年創業。これはぐうぜんだろう。

 さて、さまざまにネットで検索して調べてみると、次のことが分かった。

 江戸時代の駿河町奉行に貴志孫大夫忠義(きしまごだゆうただよし)(1800〜57)という旗本がいたらしく、好事家だったらしいかれが、シロツメクサのいきさつを本に書いている由。その書名は『竹園草木図譜』。
 
 その本について書かれた本があり、その書名は『こんな本があった!江戸珍奇本の世界』(塩村耕)。

 その中に次のような解説があるという。オランダから将軍家へ贈られたランプや花瓶などが壊れないように、箱の中に詰め物が入っていた。それを取り出したあと種が落ちているのを孫大夫が見つけ、ためしに栽培したのがはじまりだという。

 しかしネットの風説などは孫引きの孫引きみたいなものだ。一次資料の『竹園・・』に当たることはできそうもないので、とりあえずそれを引用している『こんな本があった!』という二次資料を確認しなければならないだろう。ネットに出典が記されていないのは孫引きだから?あるいはもしかしてトンデモ本?だから?

 また別のネット記事によれば、現在全国に帰化しているシロツメクサは(明治期に)牧草や芝生用に輸入されたものらしい。牧草として日本に輸入されたのは1874年に北海道開拓使が米国から導入したものが最初とされる。1886年には東京や札幌に帰化していたという。ともかく帰化して全国にひろまったのは1世紀半くらい前に遡るだけにすぎないということははっきりしたようだ。その間にすっかり全国に広まってしまうものなのだなあと思った。

 四つ葉のクローバーに関してはナゾだらけ。アイルランドとのかかわりが興味ぶかい。いずれじっくり調べてみたい。


JUGEMテーマ:日記・一般


mojabieda * 暮らし * 07:19 * comments(0) * trackbacks(0)

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