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おなじみの短い手紙

 『タカダワタル的ゼロ』のDVDの二枚目に入っているラングストン・ヒューズの「おなじみの短い手紙」の歌詞を調べてみた。手元の詩集(『ラングストン・ヒューズ詩集』[木島始訳・思潮社・1993年])には「短いおなじみの手紙」になっている。目次には「小さいなじみの手紙」と記されている──どうでもいいけれど。ワタルさんは木島始訳どおりには歌ってはいない。ちょっとアレンジしていた。

 1993年のある日の夕方、わたしは詩人の木島始の『群鳥の木』というエッセイ集を読んでいた。木島はラングストン・ヒューズの「助言」という詩を訳している。その訳詩が好きで、もし木島訳のヒューズ詩集があれば、ほしいなあと思っていた。そのあと行きつけの本屋に行く。すると目の前に木島始訳の『ラングストン・ヒューズ詩集』があった。探しても見つからないものが、むこうからやって来た、という感じだった。

■ 「短いおなじみの手紙」(終わりの部分──木島訳)

  ひっくり返してみた、
  裏には一語も書いてない。
  ぼくは黒人として生まれてから
  これほどわびしく感じたことはない。

  ただの鉛筆と紙だけで、
  ピストルやナイフは要らない──
  短いおなじみの手紙
  がひとの命をとれるんだ。

 この部分の原詩はつぎのとおり。

■ 「Little Old Letter」(終わりの部分)

  I turned it over,
  Not a word writ on the back.
  I never felt so lonesome
  Since I was born black.

  Just a pencil and paper,
  You don’t need no gun or knife―
  A little old letter
  Can take a person’s life.

 平易で、かつ心をえぐるような詩。黒人の「ぼく」に一通の「おなじみの短い」手紙がくる。その手紙がどういう内容かは歌われていないが、読んだ「ぼくを真青にした」。「ぼくに墓に入ったほうが、死んだほうがいいと思わせ」る手紙だった。黒人ということだけで、いやがらせの手紙が来る、「おなじみの短い手紙」が──

 この詩集の帯には「貧乏で孤独で、家庭は破滅し、絶望し、文なしになって、ブルースをつくったんだ。ブルースとジャズの代表的な詩人ラングストン・ヒューズ」と記されている。
 
 茨木のり子の名著『詩のこころを読む』(岩波ジュニア新書)のなかにも、「助言」というヒューズの詩が出てくる。この詩もいい。リズムがある。もちろん木島始訳。

■ 「助言」(一部)

  生れるってな、つらいし
  死ぬってな、みすぼらしいよ──
  んだから、掴まえろよ
  ちっとばかし 愛するってのを
  その間にな。

 愛するってのを掴まえる、って、原詩ではどうなっているのだろう。何かの本のなかで、つらい仕事をしながら「50年50年」とつぶやいている女の子がいたという。「50年前にはわたしはいなかった、50年先にもわたしはいないだろう。人生はたかだかそのくらいなもの。我慢するにしても束の間にすぎない」という意味らしい。束の間にすぎない間だからこそ、愛をつかまえろとヒューズは歌った。ほんとうにそう思う。

 どうしたわけか、ヒューズの詩と、エルゼ・ラスカー・シューラーの詩とを、わたしはときどき取り違えてしまう。たとえば次のような詩の一節。わたしはヒューズの詩と勘違いしていた。USAのジャズとブルースの詩人とドイツの裕福なユダヤ女性と、どこでどうつながってくるのか分からないけれど。悲しみの深さという点で似ているのかもしれない。

■ 「ひとつの歌」(の冒頭部分)  エルゼ・ラスカー・シューラー

  わたしの目のうしろには海がある
  わたしはそれを全部泣いてしまわなければならない

■ 「Ein Lied」  Else Lasker-Schüler

  Hinter meinen Augen stehen Wasser,
  Die muß ich alle weinen.

 もとにもどって、さいしょのヒューズの詩「おなじみの短い手紙」。このヒューズの詩にだれかが曲をつけ、タカダワタルが木島始の訳で歌ったらしい。

 では、曲(メロディー)はだれがつくったのか。

 いろいろ調べてみると、ボリス・ヴィアン(Boris Vian)が歌った「Le Deserteur(脱走兵)」という歌のメロディーがまさにこのメロディーだった(高石友也が「大統領様」とか「拝啓大統領殿」とかいう題名で歌っているという)。作詞はボリス・ヴィアン、作曲はHarold Bernard Bergという人らしい。この歌「Le Deserteur(脱走兵)」は反戦シャンソン歌という。いつの、どこの戦争に対する反戦歌なのかよく分からない。

 反戦シャンソンのこのメロディーにのっけて、いったい誰がジャズのヒューズの詩を歌ったのだろう?きっと替え歌なのだろう。「下手人」はワタルさんだろうか。ワタルさんのすることは思いがけないから。

 そういえばワタルさんは先のDVDの付録映像で、「朝日楼」(朝日のあたる家 The house of the rising sun)をメジャーコードで歌っていた。ワタルさんの場合はマイナーコードではなくメジャーコードがよく似合う。「悲しすぎて笑う」みたいな。マイナーのメロディーを突き抜けた「うしろには」メジャーの「海」があるらしい。ワタルさんは「それを全部」歌い続けていたのかもしれない。それにしてもあの笑顔は福の神のようだった。



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mojabieda * 詩歌 * 19:31 * comments(0) * trackbacks(0)

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