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『単騎、千里を走る』

昨夜は9時からNHKスペシャル「高倉健が出会った中国」を観た。

 高倉健主演の中国映画『単騎、千里を走る』(張芸謀(チャン・イーモウ)監督)の60日におよぶロケのようすを、さまざまなエピソードをまじえて伝えていた。この監督は「紅いコーリャン」で有名な監督である。

 番組の中で高倉健が中国で昔から有名であることを知った。昔の高倉の映画「遙かなる山の呼び声」が中国では好評だったらしい。文革後の開放の時代に中国人に感銘を与えた映画だという。この映画を観て映画界に入った張監督がいつか高倉健とともに映画をつくりたいと思い、それがかなって「単騎、千里を走る」という映画をつくることになったという。その交流も描いていた。

 三峡ダムに沈む石塔村という千年前からの村が出てくる。それから南方の世界遺産に登録されているという屋根瓦の家々の美しい少数民族の村が出てくる。それがなかなかいい。この村ではお客を村人みんなで迎えてみんなで通りに出て食卓を囲む。まるで桃源郷である。この村の名前を失念してしまった。

 急速に近代化している中国は高度成長期の日本のようだ。藤原新也の『東京漂流』にあった古い日本家屋の崩壊と価値観の崩壊に近いものが、現在の中国にはあるのではないか。

 張監督は、この番組の中で、ちょうど映画の主人公のように高倉が付き人もつけずに単身中国の奥地に渡り、60日のロケを行い、そこの人々と交流することで浮かび上がってくる人間の自然な温かい情を映画に生かしたいと思ったと語っていた。

 実際にその村での通訳役の若者は、その村のまったくの素人の若者であり、本名をそのまま映画にも登場させている。現実生活と映画とがリンクし、いわば映画のなかにその土地の生きた人々の生活がそのまま封じ込められているような印象を受けた。

 高倉は美しいものを残したい、その美しいものとは人の心だ、ということを番組のなかでぼろっと語っていた。

 『逝きし世の面影』(渡辺京二)ではないが、この映画には近代化の大波に呑まれようとする現在の中国の人々の素朴な人情、温かさ、人柄などが素朴な風景とともに描き込まれているように思った。

 田舎の中国のおばあさんも高倉健を知っていた。しかし最初に観た映画は日本軍の残虐行為を描く映画で、日本人は残虐な人間だと思っていたという。しかしその後、高倉健の映画「遙かなる・・・」を観て、その考えが変わったらしい。映画の力は大きい。「遙かなる・・」は、たしか逃亡犯の高倉が、か弱い母子にかくまわれ、やがてその母子を力強く支える男の優しさと強さを描いた映画である。

 そしてまた今回、実物の高倉が、緊張して言葉が出てこない通訳役の若者を叱るどころか、緊張をほぐすために優しく肩をもんだりしてその若者を感動させたりする。

 来春早々に上映されるようだ。

mojabieda * 映画 * 18:00 * comments(2) * trackbacks(3)

夢日記051119

 朝、夢を見た。

 島田駅の駅南にあるまっすぐに南下する道を歩いているようだ。昔と比べると寂れている。

 田んぼがあり、メキシコの街の建物のような色合いのベニヤ板の店があり、昔からよく知っているようで懐かしい。振り返るとそのベージュ色のベニヤは看板のように道路をまたいでいた。

 だれかと連れ立っている。男だがだれだか分からない。田んぼにおおきな窪みがある。水がたまっている。なんだろうと思って南への道をまっすぐ歩いていく。

 すると、高速道路のような高架が交わっているのが見えのでその下まで行く。しかし高架の途中はまだ建設中で、間が途切れている。

 そこへどんどんパズルをはめるように上手に高架ができつつある。すごいなあと思って見ている。

 すると、そこへ新幹線のようなものが走ってくる。なんとその途切れたところを飛び越していく。その列車は細長い弾丸のようで、高架はチューブのようになっていた。

 続いて列車が通るのが見える。わたしたちはその列車の発着所まで二人で歩いて行く。

 そこからわたしたちは列車に乗ろうとするのだが、連れの男はさっき隙間から見えた列車の乗客は仮死状態か死んでいるのではないかという。

 というのは、チューブの途切れた間から見えた乗客はみな目をつぶっていたからだという。そういえばそうだなとわたしも思う。乗客には途切れた間からしか外の景色が見えないはずなのに、目をつぶっているとはおかしな話だと思ったからだ。

 で、その駅では食べ物が用意されているのだが、それを食べると仮死状態になるようだ。そしてその先はたぶんあの世で、この列車はどうでもよい人間をあの世へ送るための列車のようであった。

 食事には豆腐があり、これを食べると死ななくてもすむという。わたしだけこの豆腐を食べる。連れの男はそれを知らない。そして列車に乗るようなのだが、ここでおしまい。

mojabieda * 夢日記 * 07:41 * comments(0) * trackbacks(0)

読書日記『授業づくりで変える高校の教室─国語編』

 以下の読書日記は『静岡の高校生活指導』31集の「書評」からの再録です。

○ 『授業づくりで変える高校の教室──国語編』(竹内常一編/明石書店)

 竹内常一氏がまえがきと解説を書き、さまざまな国語の授業実践を分析している。氏は「本シリーズは『教育困難を越える授業』というタイトルをもつものであるが」と記しているので、基本的に困難校で苦闘する国語実践を集めたものであると思われる。

 著者は「自分史に取り組む」というHRづくりともかかわる山口直之氏、『虹を追うものたち――授業と演劇を通して自己変革をめざした生徒たちの軌跡』(高文研、2003年)の竹島由美子氏、「生活現実に取材した教材を介して自分と他者とを結びつける授業、自分と他者との対話を通じて世界を立ち上げていく授業」の斉藤知也氏、「『国語』『国語科教育』の批判を意欲的に展開した」札埜和男氏、長年の『夜の水泳』の授業実践をまとめた谷 峰夫氏、「『参加』と『尊重』の書きことばを求めて」の今村梅子氏である。

 谷氏の小川国夫の『夜の水泳』の実践は、もう20年近く授業をし続けているものをまとめたもの。授業の具体的な展開の方法と、その背後にある理論とを記している。小説は深い内容だが、実践報告は比較的平易なので、読めばだれですぐに小川国夫の『夜の水泳』を扱いたくなると思う。本文は昔の筑摩書房の教科書か集英社文庫の『流域』にある。

mojabieda * 読書 * 17:47 * comments(0) * trackbacks(0)

読書日記『Das kurze Leben der Sophie Scholl』

 以下の読書日記は『静岡の高校生活指導』31集の「書評」からの再録です。

○ 『Das kurze Leben der Sophie Scholl』(Hermann Vinke/Revensburger/5.5euro)
 数年前にドイツのアマゾンからネットで注文したドイツ語の本。以前に二度ほど読んだが、あえて書評を書くのは、映画『ゾフィー・ショル─最後の日々(仮題)』が2006年に日本で上映される(はずだ)からである。是非、映画を観たい。

 20年近くまえ『白バラは死なず』というドイツ映画が上映され、わたしも藤枝市で自主上映会を開いたが、その時の古い映画のDVDが現在ドイツで出ている(たぶん新しい映画のDVDの発行に乗じたものと思われる。日本語版は出てないので、新しい映画の日本での上映をきっかけに古い映画と新しい映画の二つのDVDの日本語版が出てほしい)。

 古い映画『白バラは死なず』の題は未来社から現在も出版されている『白バラは散らず』(インゲ・ショル/未来社)に拠ったものである。この書物の生命は長い。初版が1964年である。さらにいうと郁文堂から出ているドイツ語の対訳叢書『湖畔(インメンゼー)』(シュトルム)は初版が1954年で、現在も出版されている。浜松の駅ビルの本屋で見つけた。この有為転変の世の中でわたしが生まれる前からまだ発行されつづけている本があるとは驚きだし、なにかうれしい。

 ゾフィー・ショルはドイツの良心とも呼ばれたショル兄妹の妹。兄はハンス。二人はミュンヘン大学生で、ナチスドイツに対するレジスタンス運動を組織した。秘かに地下通信『白バラ』を発行し、ナチス支配のドイツに「普通の市民」によるレジスタンスの存在を知らせた。

 本書は『ゾフィー・ショルの短い生涯』という題で、妹のゾフィーの生涯をまとめたペーパーバックである。現在、映画『ゾフィー・ショル─最後の日々』を扱った書物もドイツで出版されている。手に入れたが、500ページに近い本なのでとても紹介できない(読めない)。本書は220ページほどで活字もでかいし見やすい二色刷である。邦訳もあるが絶版らしい。『ヒトラーに抗した白いバラ ゾフィー21歳』(ヘルマン・フィンケ/若林ひとみ訳/草風館)。文庫本でも出版されたらしいが不明。

 本書を読むと、ゾフィーは思慮深く多感で、絵画や自然を愛する、水泳も好きな普通の女の子のようだ。どちらかというと芸術家肌だが、芸術的な素養はどうも当時のドイツ中流家庭のふつうの教養だったのかもしれない。

 この書物を読むと、ナチスドイツ下における学生生活のありようがよく分かる。大学受験のためにはしばらくドイツ帝国勤労奉仕団で働くことが義務づけられていた。なんとなく「ボランティア」や「インターンシップ」を勧める(暗に強要する?)現在の日本の学校教育と重なってくる。
 
 さらにこのような記述がある、

 「ヒトラー・ユーゲント(ナチス少年団)に入っていなかったオトルが、アビトゥア(大学入学資格試験)の直前に学校(高校)側が強要したヒトラー・ユーゲントへの加入を断ったことは、私たちには大きなショックでした」。

 たぶん、ヒトラー・ユーゲントに入らないと、アビトゥアを受けれなくなるか、受けても不利になるのだろう。学校教育が軍事国家の先兵となるシステムなのは、戦前の日本もナチスドイツも、さらに現在の日本も同じなのだろうなと思った。

 ショル兄妹をふくめて多数の白バラ団はゲシュタポに捕らえられてしまう。ゾフィーの最後の様子など、本書に詳しい。清冽な印象を受ける。

 ちなみに白バラ関係の書物をわたしは集めている(30冊弱)が、現在の日本ではほとんど出版されていない。ドイツでは新しい書物が常に出版されている。映画をきっかけに日本でも復刊・新刊が望まれる






 上の写真を見ると、素敵な女性だったんだなと思う。



 上の写真は昔の映画『白バラは死なず』のパンフレットです。




 上の写真は新しい映画『ゾフィー・ショル 最後の日々』のDVDです。
mojabieda * 白バラ * 17:35 * comments(3) * trackbacks(2)

読書日記『句集 満月』

 以下の読書日記は『静岡の高校生活指導』31集の「書評」からの再録です。

○ 『句集 満月』(久留米脩二/文学の森/2800円)

 久留米氏はわたしの同僚であった。先年、商業のベテラン教師を退職したが、筋金入りの、組合員であるとともに俳人である。

 俳句についてはまったくのど素人である書評者だが、元同僚という気安さから独断と偏見と無教養からなる蛮勇をふるっていくつか評してみたい。

 職業柄すぐに目につく句が、

   手を焼きし生徒より茶の大走り

 旬以前に食べる野菜や魚を「走り」という。新茶の中でも特に早く作られたお茶を「大走り」という。この大走りは榛原の坂部あたりのお茶か。あの時はたいへんだったが、こういう心遣いをしてくれる生徒だったんだという感慨を込めている句。複雑な心境になる。こういうときには思わず苦笑いしてしまう。

   四月馬鹿また大任を背負い込めり

 こういう句は教員でなければつくれない。「四月馬鹿」とはエイプリルフールの意味もあるが、新年度の新学期の桜が芽吹く季節になると、なんとなく馬鹿みたいにエネルギーがわき上がって、やっと前年度が終わってやれやれと思って、しばらくゆっくり休もうと思っていた「のにもかかわらず」、また「大任」を引き受けてしまうという教師気質を指しているのだろう。馬鹿というのは表面上は自嘲的だが、「四月馬鹿」とか「背負い込めり」には居直りも感じられる。ならばやってやろうじゃないかという意気込みさえ感じられる。また、エイプリルフールの意味も兼ねているようだ。四月になると、嘘とはいわないまでも、やらたと気分が大風呂敷を敷きたくなる。「どんと来い!」みたいな。それでフールになってしまうのだろう。さらにいうと、3月での校内人事の希望調査のときに「勇み足」で希望を書いてしまったのが、蓋を開けたらそのまま通ってしまい、四月からの校内人事の発表を改めて冷静に見ると、なにか「冗談」めかして見えることを「四月馬鹿」と表現しているのかもしれない。

   愛充ちて銀河心をあふれ出づ

 仕事や教師の句ばかりではない。こういうロマクチックな句もある。学生時代の句。

   十三夜婚近くして今日も逢う

 「今日も」に注目してしまった。近く式があるのだろうか。このころがいちばんよかったと後から思うものであろう。

   ぬばたまの「黒奴」あり秋日和

 黒奴は島田宿の清水屋のお菓子。これと秋日和が重なると、島田の本通に生まれたわたしは帯祭りを連想してしまう。島田の宿の古くからの歴史や伝統や風習や祭りの熱気や埃や白粉の匂いや夜店や露店のにぎわいや人いきれなど、いろんなことを思い浮かべてしまう。それらを「ぬばたまの」という古い古い枕詞が鎮めている。それら深く積み重ねられてきた暮らしと現在の上昇するような秋日和とがみごとな対照をなしている。

   原爆館出て冬鳩に囲まるる

 冬の修学旅行。ヒロシマの原爆資料館を見たあとのなんともいえない衝撃をかかえたまま、館を出て冬風に当たる。見ると広々としたコンクリートの広場にたくさんの鳩がいる。鳩たちに囲まれて現実に返るが、重い衝撃はそのまま残っている。

   朧夜の別れうすき手ぶあつき手

 春の夜は卒業生との二次会がはねて握手をして別れる。いとしき者たちとの別れ。いろんな者と出逢い、いろんなことがあった。いずれも今夜で、この朧な晩で別れとなる。ひととき束のように集まった者たちも、その束がほぐれれば再び束に戻ることはない。その先は朧夜のようだ。

   父の日のさくらんぼみな子に食はす

 父の日に自分に贈られたさくらんぼを、くれた子に全部あげてしまう。もったいない、ありがたいという気持ちと、どこかくすぐったいような気持ちがそのまま表れている。「食はす」という表現には「食べてもいいぞ」とつっぱって言う照れ隠しが表れているか。心やさしき教師であるともに父親なのだとよく分かる句。

   熱弁の教師懐炉を落としけり

 教室で熱弁をふるう教師。「おまえら、寒い寒いなんて冬は寒いのは当たり前だ。そんなことで若い者がどうする!これから就職して仕事についたら、学校生活の甘えなど許されないぞ!」などと言って教卓に乗り出していたら、思わず懐炉を落としてしまった。漫画である。こういうときに思わず笑ってしまうことができればほのぼのしたものになる。言うことと自分がしていることとのギャップに気づくようになると、もうそれ相当の歳になっているのかもしれない。

   卒業子ひとりは握手拒みけり

 さいごまで握手を拒む生徒がいた。胸にトゲが刺すような思いである。しかしそういう生徒がいてもいい。ある者にとっては反面教師であったかもしれない。あくまで「まつろわぬ者」として、己の道をすすめよかし。複雑な心境である。

  山百合を束ね誕生日の母へ
  弱音はく母と茅の輪をくぐりけり
  目の医者へ母連れて行く大暑かな
  母在れば弟妹つどふ天の川
  年明くる情張りの母かはりなく
  柿食みて卒寿の母のつややかに
  父の忌の母満月と語りをり

 ほとんど連作のように母の句が現れるのは後半。「序文」に「脩二さんの母思いは有名である」とある。この句集も母への贈り物であるという。句集の『満月』もこの句からつけられたものだろう。月の光のさやけさ。天から暗い地上へそそがれ、人と天上とをむすびつけている。

  合歓の花教師たりし日もうはるか

 最後はこの句。あわあわとした感じで教師時代を思い浮かべているのだろうか。こういう心境は体験しないと分からないが、教師である前に氏は俳人であった。退職後も当然俳人である。こんなふうに人生を貫く道のある人はうらやましい。高生研にかかわる人は教育熱心な人が多い。だから「教師でなくなった」ときがこわい。何もなくなってしまうから。わたしは教育熱心ではないが、教師でなくなったとき、何もなくなってしまうだろう。今からどうするかと思っても、まあなるようにしかならないだろう。

mojabieda * 読書 * 17:20 * comments(0) * trackbacks(0)

読書日記『読むことの教育』

以下の読書日記は『静岡の高校生活指導』31集の「書評」からの再録です。

○ 『読むことの教育』(竹内常一/山吹書店/2600円)
 最初から竹内氏のことばは刺激的である。高生研(高校生活指導研究協議会)的ともいえる用語である。氏のことばが激烈と思えてしまうのは、子どもの世界の常態が異常なものとなっているという感覚そのものを、われわれがすでに失いかけているからであろう。

 たとえば「マクロ・ポリティクスのレベルでかれらの世界が国家権力のイデオロギー装置である学校の傘の下に吊りあげられ、学力競争・忠誠競争というサバイバル競争に駆り立てられるようになった」、「社会的権力としての企業の文化支配の傘の下に吊りあげられ、その文化的植民地とされ、その支配的な文化にたいする同調競争・忠誠競争に駆り立てられるようになった」という冒頭の箇所など。ここで竹内氏の言説に辟易してしまった人は、次の文章を読んでほしい。これは竹内氏の言おうとしていることの一片を、わたしなりに解釈して卒業生に向けて書いた文章の一部である。


「生徒諸君へ。以下はたとえ話です。

 あるブロイラーの工場ではたくさんの鶏にたくさんの卵を産ませるために、鶏たちに与えられたえさの効率のよい食べ方や指示された卵の効率のよい産み方を教えている、としたとき、その学問を『影の学問』と呼んでみます。鶏たちは日々『影の学問』を叩き込まれています。したがって工場主の目には、『影の学問』を身につけない、あるいは卵を産まない(産まなくなった)鶏にはえさや水をやらない、というのは当然のことに映っています。

 さて、工場にはすべての窓が隠されているために中からは見えませんが、工場の外には広大な大地と自由な野原と、明るい太陽が輝いています。このように、隠された窓の外には真実の世界があるのだということを教え、自立して歩き、自然の恵みを食べ、鶏同士が横に連携し助けあいながら生きていくことを教える学問を『窓の学問』と名づけてみます。鶏たちは数は少ないけれど、丈夫な卵を産み、皆で協同して雛を育ててゆくでしょう。

 はたして、学校は『影の学問』を教えてきたのか、それとも『窓の学問』を教えてきたのか、そのことにいつも心がとがめます。しかし生徒諸君は、在学如何にかかわらず、卒業したあとも『窓の学問』を学び、身につけて、この人の世に自立して生きていってほしいと思います。」



 「影の学問」「窓の学問」はダグラス・ラミスの書からそのまま借りた。ここでは「国家権力のイデオロギー装置である学校」という概念を分かりやすくたとえ話にしたのである。「企業の文化的支配」というのも分かりにくいが、生徒たちがテレビ・雑誌・その他さまざまなメディアの支配を文化的に受けているということである。このメディア支配は文化的支配にとどまらず、コマーシャリズムと市場経済の論理を伴ってすでに社会的・政治的支配権力となっている。

 このような国家権力による政治的支配と企業による文化的支配を、氏は「自由主義的ファシズム」とも呼んでいる。

 こうした中で「国語」教室をどうすべきか。氏が意識するものは、まず「国家のことばと市場のことばの断層を越えて、市民社会のことばをどう創造するか」という展望である。「国家のことば」も分かりにくいが、教師が語ることばは標準語として、基本的には「国家と軍隊と学校のことば」であると氏は指摘する。ここが分かりにくければ、田中克彦の『ことばと国家』(岩波新書)や富岡多恵子の『「女のことば」と「国のことば」』(本書に一部載っている)などを参照してほしい。具体的には東京の高橋直子氏の実践で、ある生徒が「もっとテッテイしてやれって言われたんだけど、『テッテイ』って何だ?」と言うのに対して高橋氏が「それはね、チョーやれっていうことだよ」と応えたという場面が出てくるが、「『チョーやれ』ということばは(生徒には)すぐわかったが、『徹底』という漢字を書くこともできないだろうし、将来書く必然性にもせまられないだろう生徒のことを考えて暗然とした」と高橋氏はいう。この「テッテイ」は国家のことばだろうし、「チョー」という若者ことばは「市場のことば」である。この両者の「断層」をどう越えたらよいかという問題なのである。

 竹内氏は新学力観が出てきたときから「国家の側が・・・『市場の論理』によって教育目標を実現しようという考えに転換した」という。いわば「市場の論理」が「国家の論理」を抱え込もうとしているという。

 つい最近の夏の研究集会の国語部会に参加した人の話によると、担当官が「以前はこの集会の途中で勝手に帰ってしまった教師もいたが、今はそういう時代ではない。評価のあり方などの研修なくしては、保護者が許さないだろう」という表現をしたそうだ。教育課程という「国家の論理」を押し付ける根拠に(「市場の論理」の上に立つ)「保護者」を用いる時代になったことを感じた。いわば国家の論理と市場の論理の結託か。これに対置しうる「市民の論理」はどのように構築可能だろうか。しかも集会では予備校の資料を使って「データネット集計によるセンター試験の県別平均点順位」を神々しくプロジェクターが映し出していたという。

 ついでにそこでの実践報告もすごかった。まず国語表現として生徒が面接官と受験生になり、面接練習をやらせ相互評価させる。さらにビデオに撮ってもう一度検討するという授業。まさに企業支配にそのまま組み込まれたような授業だった。さらに「テレビショッピング」を企画させ、それを演じて実際にビデオに撮るというもの。これはメディア・リテラシーでは全くなかった。メディア支配の中に身を投じてメディア支配を完結させる授業であった。「すばらしい」方法を使って「すぐれた」授業展開をしていて、自分もあやかりたいと惹かれてしまうのがこわかった。自分が結果的に何をやらせようとしているのか、その教師じしんがまったく見えていない、というよりはじめから考えていないのかもしれない。しかしこうして「自由主義的ファシズム」への道が舗装されてゆくのであろうことは想像に難くないと思った。

 本書にもどるが、『高瀬舟』と『少年の日の思い出』(ヘルマン・ヘッセ)の竹内氏による読みひらきが本書の実は中心である。これについてはまた別の機会に

mojabieda * 読書 * 09:01 * comments(0) * trackbacks(0)

読書日記『イエスからキリストへ』

 ○『イエスからキリストへ』(ルドルフ・シュタイナー/西川隆範訳/アルテ/2200円)

 時代は「デカルトからオカルトへ」変わりつつあると感じているのはわたしだけだろうか(だけだろう)。

 7月24日に静岡市のあざれあで西川隆範氏をまじえての学習会「静岡シュタイナー研究会」があり、そのテキストとして本書をあらかじめ読了した。

 ルドルフ・シュタイナーはご存じのとおり「シュタイナー教育」の創始者であるが、40歳ほどまでは堅実で有名な自然科学の哲学者・ゲーテ研究の思想家であった。19世紀は科学の世紀と呼ばれ、科学的でないものは学問的・社会的に排除されたが、彼はその名声を捨てて、いきなりオカルティスト(神秘学者)であることを世に明らかにした。ユングやフロイトなども、「科学」の鎧を身にまとうことでようやく無意識の領域にメスを入れることができたが、そのような鎧を彼は脱ぎ捨てたのである(わたしも脱ぎ捨てたい)。

 シュタイナーが提唱した「アントロポゾフィー(人智学)」の裾野は広く、現在、エコロジーやエコ農業、あるいは(三方一両損の)エコ銀行の先駆ともなり、医学や教育、建築、芸術にも多大な影響を与えつづけている。シュタイナーは学問の世界で研究を続けるより、現実の社会をさまざまな運動によって変えようとしたのである(というよりも周囲が彼を現実の活動に引っぱり出した)。彼の思想は早くから日本にも紹介され、西田幾太郎は秘かに彼の著書を剽窃しているともいわれている。また、シュタイナーの唱える「社会三層化」の運動は「精神生活における自由」「法律上の平等」「経済生活における友愛」の異なる原則に基づいて運営される社会を理想としている。

 さて、本書はオカルティストのための連続講義であり、さらに秘密を秘密として公にしたくはない者たちが、シュタイナーに敵対する勢力として表れてくる端緒になった講義である(シュタイナーは後に敵対勢力によって秘かに毒殺されたともいわれている)。

 本書の目次を見るだけでもすごい。1、イエズス会と薔薇十字団。2、西洋の輪廻思想。4、密儀と福音書。5、個我(西川氏は「自我」をこのように訳している)と輪廻。6、復活。8、二人のイエス。9、キリスト公教とキリスト秘教など。オカルトに興味のある人は目次だけでも目が輝くだろう。

 わたしが興味を持ったのは、本書の中に引用されている18世紀ドイツの思想家レッシングの『人類の教育』の記述である。この書物の中に輪廻転生が記されている。仏教の輪廻転生と根本的に違う点は、個我の輪廻転生によってこそ人類の進化があるのだという点である。

 現在、左右の陣営の日本の歴史観の提唱がかまびすしい。『新しい歴史・・・』に対して『未来をひらく歴史──アジア3国の近現代史』(高文研)が出版された。両者の亀裂は、具体的な個我よりも抽象的な社会に力点を置く傾向の左翼の唯物論と、抽象的な社会よりも具体的な個我(の心情)に力点を置く傾向の右翼の唯心論との橋渡しのできない亀裂から生じているのではないか。両者が「話が通じない」のは議論の次元がまったく違うからである。もし橋渡しできるものがあるとすれば、個我の輪廻転生の考え方だけであるとわたしは考える。輪廻転生することによって個我はそれぞれ生きた社会の結果を(かなり先のだが)次代にたずさえてゆく(人類社会の進化にかかわる)ことができるからである。そうでなければ「我が亡き後に洪水は来たれ」が最終的な個人の信条になるだろう。

 個体発生は系統発生を繰り返すというが、これは人間精神にもいえるのではないか。人類の(肉体的ばかりではなく)精神的な進化も長い人類の系統的発展が個体の中で繰り返されるのでなければ、人類(社会)としての進化はないと思う。この精神の「系統発生」の繰り返し、というのは、先天的なもの(前世での自分の人生形成)が種となって、後天的な教育によって個我が芽を出しさらに葉を広げる(引き出されて発展する)と考えられる。このような教育観がシュタイナー教育にはある。さらに現世での人生形成が種となって次代(来世の自分)に引き継がれ、人類の進化(さらには地球の進化)にかかわってゆくという壮大な視点を持って目の前の子どもを見るというのがシュタイナー教育である。

 本書はさらにオカルト中のオカルト、二人のイエスやイエスとキリストと区別、復活の意味、キリスト衝動(ゴルゴダの秘蹟)について記され、こちらが中心であるが、これについては長くなるので割愛する。しかし古代ギリシアの世界観と仏教のそれとの中間にある古代ユダヤ教から生まれたキリスト教という視点や、福音書が秘儀参入者の秘密の修行とかかわる書物であるという指摘など、さまざまに興味深い記述がある。

mojabieda * 読書 * 18:51 * comments(0) * trackbacks(0)

読書日記『授業空間論』

 以前、『静岡の高校生活指導 31集』(2005年8月17日発行)の「書評」欄に載せた読書記録です。

○ 『授業空間論』(関直彦/論創社/2500円)
 本書は金谷高校の半田勝良先生が勧めてくれた本である。氏の友人の著書だそうであるが、著者が県の西部で活躍された国語教師でさいきん退職したことをはじめて知った。著書の中で経歴を見ると、引佐高校、浜松北高校(定時制)、小笠農業高校、相良高校、浜松城北工業高校、浜松西高校とある。

 副題は「高校における文学教育」である。40年もの現場での体験から理論を紡いでいるが、すぐれた授業実践・教材分析の書である。

 著者は授業空間とはさまざまな(教師や生徒や学校をとりまく)現実を内包してはいても、「幻想空間」であると規定する。これは「自立した言語空間」であり、幻想空間であるからこそ「教育の中立性」の基盤があるのだという。あくまでテクストを論理的に分析しつつ、テクストに向き合う生徒の意識をもかえす刀で論理的に分析してゆく。

 授業実践としては石川啄木、詩、舞姫、羅生門、山月記、赤い繭などが扱われている。それぞれの授業実践や教材研究がすばらしい。どれを読んでもたいへんに参考になるし、これまでわたしが読んだどの教材研究書や解説書や評論文に比べても格段に精緻であるし、論理的である。

 著者は国語の授業の意義を次のように述べている。「彼ら(生徒)だって毎日毎日社会を見ているわけです。・・・毎日毎日自分とつきあっているわけだし、毎日毎日友達を見ているし家族も見ているのですね。だけどただ見ていても、実際のものを見ていても、見えないわけです。けれども、誰かが言語表現によって、こういう見方があるんだというふうに書いている、・・・見えてなかったものが見えてくるということがきっとある・・・つまり、何で、国語なんてやるのか、・・・と言うと、言葉というものを介在させることによって初めて分かってくるもの、見えてくるものがあるからです。だから、それをしなければ彼らは何も見えないまま、卒業してしまう」。

 「幻想空間」という論はいまひとつわたしには分からないが、この授業の意義についてはさすがだと思う。竹内常一氏は現実に批判的に介入する力をつけることが授業の目的であるというような言い方をするが、新しい自分や世界への展望を切り開く力をつけることを授業の目的としないかぎり、授業は現在の官僚支配・企業支配・メディア支配体制へ自発的に立ち返らせるだけの生徒を限りなくつくりだし、それらの支配体制を補完するだけにとどまることになるだろう。授業者の自覚があるなしにかかわらず。戦前の教育熱心で「善良な」教師たちこそ、ファシズムへの道へ生徒を送り込んだように。

 本書の『舞姫』の解読は特にすばらしい。ここの解釈を読むだけでも充分にこの書の価値があると思われる。あたかも推理小説を読むがごとくに『人知らぬ恨み』とは何かを精緻に解読している。著者は「この『恨み』が豊太郎の心に生じたのは、ドイツから日本へ帰る旅の途中においてである」という点に注目する。この『人知らぬ恨み』を中心に小説全体をみごとに、論理的に解読する手腕には目を見張る。

 わたしが教材の解釈でいちばん注目したのは『赤い繭』である。というのは『赤い繭』はわたしにはいちばん関心のある教材だからである。『棍棒を持った彼』の論理とは「管理」の論理であるということをきちんと言語化して押さえる点や、「私有」と「公有」(公有は管理されねばならない)という概念をきちんと明確化する点など学ぶところは多い。「私有や公有という抽象概念は知っていても、それが実際に現実の中でどのように機能しているのか」ということを具体的に示し、「資本制というこの国の根幹の体制に、生徒の目を向けさせることを恐れるべきではありません。しかし、多分、この国の教育は、そういう意味では、今日でもある種の愚民教育を行っているのです」と述べているところなど、なるほどと思った。「『君らはこの学校を自由だと思うかね?』という質問に、『自由だ』と応える生徒が多くなっているのです。・・・しかし私たちは高校生の時、先生に監督されて掃除をしたことなんてなかったし、夜の八時、九時まで部室でダベっていても『帰れよ』なんて見回りに来る先生はいませんでした。・・・『管理された自由』を『自由』だと錯覚するほど、当時の高校生は閉塞された精神世界に住んではいなかったのです」というところなど、忘れていたことを思い出させた。このあたりは竹内常一氏による『読むことの教育──高瀬舟、少年の日の思い出』(山吹書店/2600円)の冒頭に、現在の高校の状況を大きく俯瞰しながら鋭く切り込み、鮮明にしている記述がある。

 話もどって『赤い繭』の最終場面の『内側から照らす』光を、著者は「思想」、あるいは「価値観」とする。これは著者の明晰な論理の行き着く概念であろう。きちんと客観化・言語化していることを評価するが、わたしならこれを「憧れ」、「理想」ととる。私有・公有という乾いた論理とは対極的な、失われた「我と汝」(マルティン・ブーバー)という関係性への郷愁に似た憧れである。おとぎ話かもしれないが、「わたしのもの」=「あなたのもの」が一つの「ことば」となりうる(『パパラギ』)ような原初の、あるいは永劫の未来の「我と汝」という人間のありようへの切なる郷愁である。著者の解読をアポロン的な解釈と名づければ、わたしの解釈はディオニソス的な解釈である(というのはおおげさか)。

 さて、著者の解釈はあくまで論理的であり、その論理はきわめて明晰である。徹底的にテクストにこだわり、授業の方法論として普遍的な方法論を求めている。だから『赤い繭』の中の乾いた論理性は鋭く分析しているが、その論理の間から洩れてくる抒情性(我と汝との関係性などへ郷愁のような想い)についてはいたって冷たい。『赤い繭』の抒情性についてはここでは触れない(と言いながら少し触れた)。

 とはいえ、根本的にわたしとは論理の鍛え方が違うように思われた。氏の明晰な論理は大学闘争の中で時代にコミットして(こんな言葉はもはや死語か)鍛えられてきた論理ではないかとふと思った。

 しかし氏の読みが抒情性に劣っているわけでは毛頭ない。たとえば啄木の歌の解釈があるが、啄木の歌とその歌に授業で触れた生徒の意識とを切り口鮮やかに切り取って分析している(し、また生徒と同じ意識のわたし自身も切り取られてしまった感じがする)。たとえば、「己(おの)が名をほのかに呼びて/涙せし/十四の春にかへる術(すべ)なし」という歌を、氏は「自分で自分を慰めていればそれでよかった十四歳という時代、ある意味では純粋におのれ自身でありえた少年の日々に、おのれと家族と状況とすべてを抱え込んで苦闘することを余儀なくされているおとなの自分は帰るすべなどないことを、やや甘い感傷的気分に浸りながら確認するところから生まれた」と解釈する。そういう「自己憐憫というか、自己愛のような」思いを現在の生徒たちは経験していないので解釈できないのではないかと分析する。なるほどと思った。しかしわたしも解釈できなかった。わたしの場合は十四のころは自己と世界とに対する全面否定的嫌悪ばかりだったような気がする。そもそも「己が名をほのかに呼びて」など想像もできない。「それは、恐らく、自己の内面を掘り下げ、見つめるという精神作用の貧困と、それゆえの自意識の未成長を意味しているのです」と氏は述べている。そういう一面はあるかもしれないが、一律に言われると、なんだかな〜という思いもする。家庭環境も生育歴も違う生徒たち(わたしも)だから、ある部分では欠落している感覚や意識もあるだろうと思う。これは自己弁護だろうか(だろう)。

 あと『羅生門』『山月記』というメジャーな教材分析があるが割愛する。しかしいずれも「ああ、こんな風に分析するのか」と目が洗われるような思いがした。

 まとめとして、本書は高校の国語教師なら必読書である。

mojabieda * 読書 * 18:45 * comments(0) * trackbacks(1)

ブログをはじめました

「mojabieda」のwebサイトだけでなく、「mojabieda ブログ」をはじめました。こちらのほうに順次移行していこうと思っています。今日はわたしの誕生日です。それを記念して。
mojabieda * 日記 * 07:31 * comments(1) * trackbacks(0)

鎌田慧講演会

 6時前に仕事を終えてすぐにバイパスから静岡市へ。疲れていたが鎌田慧講演会へ行く。車は駅北パークに入れた。

 会場に着いたときにはもうすでに始まっていた。最初は横浜事件再審弁護団の吉永満夫氏の講演。それから鎌田氏の講演が続いた。そのあとはいろいろな市民・住民運動の報告やアピールなど。

 会場に入るとすぐに主催者の塚本春雄氏がいた。それから司会の中川氏。かれはわたしが会場に入るときに「佐高信の講演会のときにはありがとうございました」と声をかけてくれた。あれはもうずっと前の話だ。

 静大のドイツ文学の西脇氏、活動家の塚本清一氏、あとから竹島氏、週刊金曜日の永田さん、佐野さん、村松夫妻、ユニオンの小川さんなどの顔ぶれ。しかし白髪の人が多かった。

 最初の講演者の吉永さんの話で印象的だったのは、多数決でも奪えない少数者の権利・人間の自由があるという話。司法が守るべきものはこの人間の自由であるべきなのに、逆になっているという。多数による弱者切り捨ての傾向だ。たとえば走る凶器といわれる自動車。世界に冠たる日本の自動車メーカーは自動車による交通事故の被害者の家族の思いを込めて車を作っているだろうかと。

 鎌田氏はしゃべるのはあまりうまくない。声は薄く「あー」が多く、しゃべり慣れていない。人柄のせいもあるだろう。

 鎌田氏の話で印象的だったのは、冤罪で無罪になった元死刑囚たちに対して権力はすぐには死刑にしなかった。それはすでに権力も無罪であることが分かっていたからだという。だから30数年間も死刑にしなかったのであるという。無罪であることを知りながらもずっと隠してきたことにすでに権力の犯罪があるという。つまり無罪を有罪にしてしまった権力の過誤の暴露を隠してきたという点が犯罪であるということだ(どこかの自動車会社のリコール隠しに似ている。しかし日本最大の自動車会社のリコール記事はどの大新聞も小さな見出しだ)。

 横浜事件の拷問(当時のメディアではたぶん「取り調べ」となっているだろう、現在のメディアでは米軍の拷問などは「虐待」となっている)の話など『けんかえれじい』の中に監獄の様子がまざまざと描かれていて、胸にこたえていたためか、そこから冤罪事件が起きていく過程は容易に想像された。横浜事件の特高警察の拷問と現在の冤罪事件とはつながっているのだ。

 さらに憲法9条一点に目標を設定して死守するという運動は負けるという話が印象的だった。権力の方もそれに対抗して攻撃を一点にしぼることができるからであるという。だから9条を守るためには、憲法を守るためには、9条が大事なら、その周辺の外堀を守らなければならないという。周辺の多面的な運動を展開しなければならないという。

 たとえば住民運動。反原発運動、無駄な公共事業に対する反対運動(空港、原発、ダムなど)、冤罪事件や横浜事件などの権力の犯罪を告発する運動、(裏金告発などの)警察改革運動、司法改革運動、その他たましいを揺さぶるような足元からの運動を展開しなければならないという。9条だけにしぼれば同じような人たちしか集まらないという。その通りだと思った。

 また、現在の警察がどうしてK産党などをあからさまに目の敵にして特別な組織をつくっているかということを前々から疑問に思っていたが、戦前の特高警察・内務官僚の体質がそのまま現在も連綿と続いて生きているのだということが吉永・鎌田氏の講演から実感できた。つまり警察は今も戦前のままで戦後がないということだ。だから自白の強要や冤罪事件や不正や裏金事件が続いているということだろう。
 
 いや治安維持法による言論弾圧事件である横浜事件の有罪判決(判決前に警察の拷問によって数人が殺されている)が8月15日以降の戦後に出ている(判決が出ると同時に証拠隠滅が計られた)という事実じたいが、そして横浜事件の再審が戦後60年たってようやく始まったという事実じだいが、いままで戦前がずっと続いていたのだという現実を問わず語りに語っている。再審決定はちょうど冤罪事件の再審決定に実によく似ているが、横浜事件の再審は、巨大な権力犯罪の核心をえぐる可能性につながるものだろう。

 現在、(空港問題などの)強制収用など、お上の力でつくってきたものがなかなかつくれなくなってきているという。イラク派兵違憲訴訟などは全国の裁判所では門前で却下されてきているが、どこかに突破口を見つけたいと後で住民運動の人が語っていたが、こういう運動が大切だと思った。

 家に帰りがてら思ったことは、次のようなことである。

A君はみんなの大切な決まりを自分勝手に解釈して守って来ませんでした。こんどA君は「決まりを変えよう!」とみんなに声をかけて来ました。A君の提案する新しい決まりは、はたしてみんなのための決まりになるでしょうか。

mojabieda * 講演 * 17:51 * comments(0) * trackbacks(0)
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