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『イタリアをめぐる旅想』──読書日記

 『イタリアをめぐる旅想』(河島英昭/平凡社ライブラリー)を読む。

 Eddie Higginsの「You Don't Know What Love Is」の中の「My Funny Valentine」を聴きながら晴れた晩夏の真っ青な空の下を車で走っていると、「哀しいのが人生だ」とつくづく感じたりする。とめどもなく孤独で哀れでみじめったらしくて。そう観念すれば、逆に光かがやくものも見えてくるのかもしれない。

 筆者は26年前の1980年、ふたたびイタリアに住むために訪れる。これは観光の書でも学術の書でもなく随筆か自伝か物語かたぐいか、その合間を縫ってたゆたう書だ。きわめて私的な書簡か日記めいた文章。14年前の1966年にも筆者はイタリアに住んだ。その訪れが底流に流れているから、イタリア再訪の感慨、回想と現実とが重なる。

 描かれているのはローマ、トリーノ、トリエステ、ペッシャ、レ・チンクェ・テッレ、モンテロッソ、サルデーニャ、クールマイユールと、そこに住む人々と14年前の回想と感慨と文学と、人生の哀色の襞。

 わたしが興味あったのはハプスブルク帝国の辺境トリエステ。しかしレ・チンクェ・テッレにもモンテロッソにも孤島サルデーニャにもかぎりなく惹かれた。レ・チンクェ・テッレなども、なまじ「世界遺産」のテレビ番組の映像など観ないほうがいい。筆者の文章を読むだけで想像力は無限にひろがる。

 なんの注釈もないから、はじめに出てくる真夜中のローマの空港にたむろする灰色の不吉な男たちが何だか分からない。「狼の群れにもひとしい泥棒たち」とあとで分かる。とっつきやすい文章ではないが、彼の地に生きている人々の風情とイタリア語のひびきは伝わってくる。

 サルデーニャ島のヌラーゲもなんのことか分からない。しかし古代の遺跡のようなものだろう。すでに歴史のかなたへと消え去った幾層も重ねられた気の遠くなるような太古が今も残っているような島を思わせる。

 これらの地を訪ねる旅は、「自分の内側に向か」う旅でもあった。「内なる無」を源とし、そこへ遡及する旅。

 イタリアのことは何も知らないけれど、『イタリアをめぐる旅想』は、どこにも行けなかったこの夏の思い出となった。「独りきりで引き受けるしかないもの。それが、自分という存在であろう」。

 
mojabieda * 読書 * 20:38 * comments(0) * trackbacks(1)

うす茶色の朝













 写真は17日、全国◯研(教育◯究集会)の全体会がひらかれた所沢市民文化センター「ミューズ」(茶色の建物)。

 この会場のまわりをぐるっと囲んでいる灰色の「壁」は、はじめ「工事中か」と思ったのですが、そうではなくて、防御のための高さ3メートルの鉄柵でした。埼玉県警は1900人の警備態勢。

 何から防御しているのかといえば、それは「暴力」です。平和の反対は暴力。暴力の最大が戦争です。

 19日の昼にたまたま行った上尾市での「平和と国際連帯の分科会」では、街路からマイクによる禍々しい妨害のシュプレヒコールが会場(二階の部屋)にまでひびき、司会者が「(妨害で発表が聞こえにくいので)マイクを使いますか?」とレポーターに声をかけねばなりませんでした。そのうち、終了時刻の5時には「バンバン!」というするどい爆発音が窓外で起きたので、部屋にいただれもがハッとしてと顔を外へむけました。「なにごとが起きたのか?」。すぐに部屋から飛び出した会場係の女性が、やがてもどってきて「隣りの小学校の花火の音でした」とわざわざ言って参加者を安心させたのですが、ほんとうにそうだったのか。

 帰りにバス停から上尾駅まで帰ろうとしたら、参加者を待ちかまえていたようにバス停を占拠する◯翼の街宣車とそのとりまきが、会場に待機する機動隊とジッと対峙していました。わたしたち参加者は歩いて帰るか、バス停を一つずらして帰るしかありませんでした。

 妨害勢力は「平和」という文言にもっとも激しい攻撃の矛先をむけているようです。

 9月に上程予定の教育基本法「改正」案には、現行の「真理と平和を希求」が「真理と正義を希求」に変わり、平和という文言が意図的に削られています。平和憲法がある現在でさえ平和はこのように攻撃の的になっていますから、教育基本法から平和が削られたら、平和を唱えること=偏向どころか、平和を唱えること=非国民となってしまうのでしょうか。

 平和を唱えることが、一部◯翼による攻撃だけでは終わらず、政府・マスメディア・「一般国民」から攻撃される的になったら・・・。

 これは現実に9.11以降の米国で起きている現象です。ノーマ・フィールド氏(シカゴ大学)によれば、現在の米国では「平和」ということばを耳にしないそうです。「自由」で「民主主義」の米国で、反戦やイスラエル批判を唱えるとたいへんな圧力がかかるといいます。

 分科会に参加しながら、いま、「冗談」や「笑いごと」で済まされると思っているけれど、このようにして、「茶色の朝」(ナチ突撃隊の制服の色から由来するファシズム国家の夜明け)が来て、「水晶の夜」(ナチによるユダヤ人襲撃の夜)が来たのだな、と、なんとなく実感しました。参加者の顔は「花火の音」に苦笑いしていましたが、この「花火」が「テロ」に変わったときの顔を、苦笑いの顔のむこうにオーバーラップして見ていたのはわたしだけではなかったと思います。
mojabieda * 時事 * 17:40 * comments(0) * trackbacks(0)

「教育のつどい」報告 1














 ◯教(全◯本教職員組合)の「全国◯研」(教育のつどい)に参加してきました。

 8月17日から20日まで。会場は埼玉県。

 「所沢ミューズ」の全体会の会場はめいっぱいの教職員。若い人たちの姿が目立ちました。今年の教研を「教育基本法教研」と規定し、その改悪に反対し、現在の教育基本法を現場に生かすための教研と規定しています。

 所沢の航空公園駅から会場のミューズまで、機動隊や警察官のものものしい警備体制が敷かれていました。こうでもしないと◯翼街宣車(3桁の台数という)その他から教育研究集会の参加者を守れないというのが現在の日本の真の姿です。

 講演は藤本義一氏。ユーモアをまじえた自伝的な話をしてくれました。少年時代からバイタリティと反骨精神にあふれていた氏は、敗戦後、闇市の世界でしぶとく稼ぎながら療養する両親を支えていた少年だったそうです。すでにそのころから世の中の裏表をすっかり見てきた少年は大学まで進み、教師になろうと思ったそうですが、大阪商人の精神と根本を洗い出す例の反骨精神から、卒論で定年・ボーナス・手当制度などの欺瞞を徹底的に調べてみて、その道をやめ、物書きという好きな道へ入り、当時、シナリオを書いて懸賞金一年間30万円(現在では3000万円)をかせぎだし、その半分を使って独立した由。

 藤本氏の話では、定年制度ができたのは明治時代で55歳で定年。しかしその当時の平均寿命は43歳未満だった由。またボーナスというシステムも日本独特。本当は基本給に入るべきもので、もし基本給に入れていれば退職金は今の倍になる由。手当という制度も、上の者が下の者に施すという意味のもの。なるほどと思いました。

 どれほど人は欺されているかということです。「全国で一斉にこうしているから」と賛成・反対するのではなく、物事の根本を洗い出せという話でした。

 その他さまざまな話があり、小泉首相の「人それぞれ勝手」ということばは詐欺師のことばだと喝破し、「国を愛する」というのはなくて、フランスなどのように「国に恋する」とすべきだという話は示唆的でした。

 つまり、政治家が、社会的次元の言説をとるべきところを、個人的次元の好き嫌いの「人それぞれ勝手」という言説をとれば、これは言い逃れの詐欺師のことばになります。反対に、政治家が、国民個々の好き嫌いの個人的次元の言説(恋)をとるべきところを、「(すべからく国民は)国を愛すべき」という社会的次元の言説にすりかえて語れば、これも同様の詐欺のことばになるということです。だから個人的次元のことは個人的次元のことばに戻して、「国に恋する」とすべきだということでしょう。

 宿泊は新宿・池袋などに分散して宿泊しましたが、東京のホテルのテレビには韓国や中国のテレビ番組もごく普通に放映されています。商業的には密接に生活レベルまでむすびついている近隣諸国と、どうして政治的・外交的にはうまくやれないのか、政治の貧困がかえって浮き彫りにされるように思いました。それで韓国のテレビ番組の『帰ってきたシングル』という恋愛番組にはまってよなべしてしまいました。

mojabieda * 教育 * 06:52 * comments(0) * trackbacks(0)

小泉靖国参拝は世界のトップニュース

 グーグルで検索すると小泉の靖国参拝の関連記事はオンラインで(8月15日夜9時現在)

◯ フランス  123件
◯ ドイツ   138件
◯ スペイン   85件
◯ インド   730件(英語圏)
◯ 台湾    237件
◯ 中国    591件
◯ 韓国    541件
◯ 日本    214件

 となっています。

 たとえば、インドのヒンドゥスタン・タイムズのオンライン記事には、「 defying anger from neighbouring countries」(近隣諸国の怒りを無視して)とあります。

 オーストラリアのザ・スターのオンライン記事には、
「Chinese, for whom memories of Japan's brutal World War II invasion and occupation remain raw, 」(第二次大戦時の日本の残虐な侵略と占領の記憶がなまなましい中国人は)とあります。

 ニュージーランドのオンライン記事は韓国の外務大臣のことばをそのまま載せています。「Koizumi's 'nationalistic' visit to the shrine despite international concern and opposition」(国際的な懸念や反対にもかかわらず小泉の「ナショナリスティック」な(靖国)参拝は)

 これだけ世界のトップニュースになっていながら、ことの重大性をいちばん認識していないのは当の日本人かもしれません。

 ついでに、自民党の元幹事長・加◯紘一氏が、8月15日の3時ころインターネット・テレビに出演し小泉靖国参拝に関して「日中関係及び日本のアジア外交はかなり傷ついた。本当に残念。行ってほしくなかった」と述べたあと、その日の夕方5時すぎ、氏の自宅は(放火されて?)全焼した。

mojabieda * 時事 * 22:31 * comments(2) * trackbacks(2)

ノーマ・フィールドさんの講演会

 静岡市のアイセル21でノーマ・フィールドさんの講演会がありました。肩書きはシカゴ大学教授。日本文学・日本文化論。著書に『天皇の逝く国で』(みすず書房)。主催はYWCA。ヤング・ウイメンズ・クリスチャン・アソシエーション。会長は藤原さんという背の高い女性。

 ノーマさんの声は涼やかな、「やまとなでしこ」のような声でした。年齢は50代のおわりかな。

 かの女の名前を初めて知ったのは、1994年11月号の雑誌『世界』。
 この中にノーマ・フィールドさんの対談がのっていて、米国人のかの女はつぎのように述べています。
――もう一つ、日本人だから優遇されるとか、日本人対非日本人という加害・抑圧の構図もあることはありますが、日本人の中の弱者の問題も忘れてはならないと思います。たとえば水俣病患者の訴訟を見ていても、棄却されるときの裁判官の言葉というものは、たとえば韓国・朝鮮人の補償請求の訴訟を棄却するときと同じ、門前払いの官僚的な言葉を使っている。日本国籍をもっている人たちでも、弱者の立場におかれたときには、被差別部落の人でなくても、在日の人でなくても、アイヌでなくても、沖縄の人でなくても、誰に対しても、どんな日本人であっても向けられることがありうる言葉です。それから私が今回日本に来て本当にショックを覚えたのは、女子大生が職を得ようとしたときに、普通の日本人男性が彼女たちに向ける言葉が、想像もつかないほど野蛮なものだということです。人権無視がここまで日本の社会に浸透している。戦後補償を考えることから、意識をそこまで広げていってほしい。

 アイセルの会場へ行ったら、ぐうぜん知り合いのBさん(静岡シュタイナー研究会)に声をかけられて、(見えられなかった)だんなさんのチケットをゆずってくれました。それでちゃっかり入りました。ここの駐車場は小さいのですが、ちょうど一台だけ空いていて駐車できました。
 知り合いの方が何人も。週刊金曜日の関係で知ったNさん(イラク自衛隊派兵違憲訴訟)など。
 
 ノーマさんの話の中でいちばん印象に残ったのはまず米国在住のアジア人には猛烈な日本嫌いの傾向があり、今朝(8月15日の小泉靖国参拝)は気が重く悲しいという話。

 さらに日本よりも「進んでいる」米国の話から。あの9.11以降は米国では自由にものが言えない状況にあるようです。現在の米国では「平和」ということばさえ耳にしないそうです。反戦もイスラエル批判もタブーだそうです。そのような運動をしたらすごい圧力がかかるらしい。星条旗をかかげることはどこでもOKだが、反戦のステッカーなどを車に貼ったら、タイヤの空気を抜かされる恐れがあり、ささやかなことも意思表示ができなくなっているといいます。

 また米国は日本の先をゆく格差社会で、定職につける若者が少ないといいます。国民の圧倒的多数を不安定にさせる政権下には反戦運動は起こりにくいらしい。米国でいま徴兵制度がないことが反戦運動が起こらない原因の一つだといいます(もちろん徴兵制度には反対)。格差社会と志願兵制度とはうまくマッチし、もし徴兵制度があったら、いわゆる「勝ち組」も「負け組」も反戦で一致して連帯できますが、格差社会で定職にもつけない若者が兵隊に志願するような志願兵制度であれば、反戦運動は起こりにくいのでしょう。

 シカゴ市のホームレスの75%はベトナム帰還兵だといいます。それに湾岸戦争のホームレスが出てきてい、さらに今度はイラク戦争の帰還兵がその予備軍になりそうだといいます。

 米国の大学生の精神風土が変わってしまったといいます。金持ちになることだけを夢に描き、他者との共感能力がなくなっていると。経済大国でなくなった日本にはアニメ以外には関心を持たないという米国の若者の精神の貧しさを訴えていましたが、日本の大学生も後塵を拝して米国に追随中でしょう。

 一人一人の良心に訴える運動には反対だといいます。もっと集団や組織の重要性を改めて見直さなければならないと。

 子どもたちには「みんな仲良く」という友だち意識を持たせることが平和につながると学校では教えるけれど、それだけでは平和に対して幻滅を味わわせるだけであると。現実にはさまざまな政治的・経済的利害関係の中で戦争を人が引き起こしている以上、そのような現実を教えなければならないと。たしかに反戦の意識は現実をしっかり教えないと育たないでしょう。

 ノーマさんは小説家・佐多稲子さんの研究もしていて、佐多さんが84年ころに発言したのは、隣り近所の若者が兵隊にとられるようになると、庶民にとって反戦の理念を公にすることは、同じ庶民を裏切るような気持ちになるということでした。日本人にはとくにこの傾向は強いでしょう。

 さらに原発に頼りながら、ヒロシマ・ナガサキに象徴される核アレルギーを持つことは矛盾しているといいます。なるほどと思いました。

 ノーマさんの話を聴きながらふと思ったのは、人を平気で殺すためにはナショナリズムが必要だということです。

 会場では憲法9条を変えることに賛成・反対のシール投票がありました。




mojabieda * 講演 * 21:17 * comments(0) * trackbacks(0)

『ハウルの動く城』の感想

 『ハウルの動く城』を観た。今までの宮崎アニメとちょっとちがう雰囲気を感じた。一つには曲の調子。一つには謎が多い。一つにはおばあさんが主人公。

 わたしはこの曲が好きだ。

 年をとるという「あきらめ」。曲の雰囲気が年をとる「あきらめ」の感情によく似合う。

 英語で「セレニティ(serenity)」というと、「あきらめ」とともに「落ちつき」という意味だ。年をとるのは不可避で不可逆の悲哀。それは「受容」しかない。「あきらめ」には「受容」の感情があるのだろう。セレニティというと、晴朗という意味もあるが、年をとると晴朗な日はありがたい。

 ソフィーも魔法で不可避的に年をとる。しかし心は晴朗なままだ。

 ソフィーがときどき若返る。それは「恋をするとき」と「あきらめない」とき、だろうか。でも「恋をする」と同時に「あきらめる」ときはどうなるのだろう。

 原作があるという。ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『魔法使いのハウルと火の悪魔』(徳間書店刊)。それから参考文献(?)もある。『ハウルの動く城 徹底ガイド―ハウルとソフィー ふたりの約束』『ロマンアルバム ハウルの動く城』。時間があったら図書館で探してみたい。
mojabieda * 映画 * 09:02 * comments(0) * trackbacks(1)

「良識派」

 1943年、ナチスドイツ下のミュンヘンで「ヒトラー打倒」「自由」と落書きをし、ビラを撒いた若者たち(「白バラ」)が捕まり、死刑になった。

 2003年4月17日、日本の東京都杉並区立西荻わかば公園のトイレの外壁に「戦争反対」「反戦」「スペクタクル社会」(なにこれ?)とスプレーで落書きした当時25歳の若者が逮捕され(44日勾留され)た。

 そして第1審判決で「懲役1年2ヶ月(執行猶予3年)」の判決を受けた。建造物損壊罪だという。

 今年、最高裁は被告の「上告」を棄却、1、2審の有罪判決が確定した(2月17日)。

 落書きには「軽犯罪法違反」や自治体の条例が適用されるのが普通だそうだ。それを懲役5年以下の建造物損壊罪として認めた最高裁判断は初めてらしい。

 基本的に、その若者がどんな思想を持っているのかということとは無関係だろう。犯罪は「〜する」という具体的な行為・行動に罪がある。

 政府高官が世間をさわがすカルト教団に心ひそかに好意を寄せていたとしても問題にはならないかもしれない。しかし内閣官房長官の名でそのカルト教団に祝電をおくるという行為はたいへんな問題になる、はずだ。

 なのに、ほとんどマス・メディアは問題にしていない。あとでとんでもないしっぺ返しがくるからだろう。テレビで(唯一?)「祝電事件」をとりあげたTBSはいまどういう状況になっているか。

 祝電事件については「たんぽぽのなみだ」さんがリストをつくっている。
 http://taraxacum.seesaa.net/article/20042369.html

 いっぽう一人の人間が公共施設に「反戦の落書きをした」という事実で懲役刑になる世の中が到来した。サラリーマンや公務員なら判決が出た時点でクビになる。アパートなども逐われて路頭に迷うだろう。

 トイレの壁の塗り直しに7万円かかったという。ふつう考えれば、厳重注意して弁償させることで充分ではないかと思う。

 思うに、「平和」で「自由」で「民主」の日本の現状は、ほんとうは戦後ずっと「平和」でも「自由」でも「民主」でもなかったのではないか。いったい今まで平和憲法は一度でも生かされてきたのか。生かそうとしてきたのか。

 戦後日本は他国の戦争で復興し、経済成長をとげ、今日に至っている。さらに戦後日本は他国の戦場へ(他国のだけでなく自国の)軍隊も兵器も資金も送っている。そう考えると、この国の「平和」などというのはうわべだけのものだろう。

 しかも福祉国家から弱者切り捨て(棄民)国家へと歪んできているから、ここ8年間つづけて自殺者3万人以上の国となっている。そう考えると「平和」であろうはずがない。

 では「自由」で「民主」的か?

 ふつうの市民が合法的に国会へデモ行進をすれば大勢の私服警官につきまとわれ、教員が教育研究の全国集会へ行こうとすれば必ず会場の取り消しにあい、◯翼街宣車が3桁ほどもかけつけて妨害する。これはもうずっと昔からのことだ。

 県民がいくら反対しても県民の税金で赤字必至のエアポートをむりやり造らされる。ある県では行政が裏金を数億円もつくり、隠しきれない500万円を焼いたという。なにそれ?7万円の比ではない。

 ある勢力にとって不利益な者をレッテル貼りすれば、自動的に社会から抹殺することができる。昔は「非国民」と「アカ」、少し前までは「過激派」、それがいまや「テロリスト」だ。

 権力をにぎる政治屋たちは国民にしきりに言い含める、押しつけられたものは「日米安保条約」と「米軍基地」なのに、なんと「平和憲法」と「教育基本法」だなどと。

 うそも千回言いつづけられると、「良識派」の国民はそんなものかと思うようになるようだが・・・。

 安部公房に「良識派」という短い小説がある。ニワトリと人間の話。

 「昔は、ニワトリたちもまだ、自由だった」から始まる。

 そこへ人間がやってきて、ネコから守るためにニワトリたちに「小屋」を建ててやるという。

 どうもあやしいと人間を警戒するニワトリに、人間は「そういう君こそ、ネコから金をもらったスパイではないのかね」と迫る。

 スパイの疑いをかけられたニワトリは仲間はずれにされる。

 ニワトリたちは話し合うが、ニワトリたちの「良識派」が勝って、自らオリの中に入ってしまう。

 おしまいは「その後のことは、もうだれもが知っているとおりのことだ」で終わる。

mojabieda * 白バラ * 22:57 * comments(2) * trackbacks(1)

白バラ対カギ十字とヴァルハラ神殿

 カール・ハインツ・ヤーンケ(Karl Heinz Jahnke)さんが著した『白バラ対カギ十字』(Weisse Rose contra Hakenkreuz)は、2003年の5月28日に、マリー=ルイーゼ・シュルツェ=ヤーンさんの85歳の誕生日を記念して出版されたもの。かの女の恋人のハンス・ライペルトはナチの裁判で死刑にされた「白バラ」の関係者である(この書物は69年にも一度出版されている)。
 
 この本のなかで、なんだか目にとまってしまったのは、2003年の2月22日の「白バラ」の処刑の日からちょうど60年めに、ゾフィー・ショルが白バラなどのドイツ抵抗運動の代表(象徴?)として、レーゲンスブルクの郊外にあるらしいヴァルハラ(Walhalla)というアテネのパルテノン神殿を模した「神殿」のなかに、その胸像が納められたという記事。

 このヴァルハラ「神殿」は、ドイツの文化・社会に功労のあった人を記念する「神殿」のようだ。90年はアインシュタイン、98年はアデナウアー、2000年はブラームスの像が納められたらしい。

 本には、姉のエリーザベト・ハルトナーゲル=ショルのあいさつ文が載っている。その中に出てきたことばが「ツィヴィール・クラージェ(Zivilcourage)」。辞書を見ると、「理不尽な事柄に対して市民として自己の信念を主張する勇気(ビスマルクの造語)」とある。

 ここまで祭り上げられると、さすがになんだかな〜という気がするのだが。しかし「ゾフィー・ショル」には成り得ずに、いまも埋もれたままで名誉回復もされない反ナチ・反戦で処刑された数え切れない人々がいるだろう。あるいはいまだに意図的に(政府が)埋もれさせて(政治的に)抹殺したままの人々もいるだろう。

 それにしても、この「神殿」ということで、短絡してしまうのは日本の・・・国神社。もしヒトラーの像がヴァルハラ「神殿」に納められていたとしたら、と想像すると、彼我の違いが見えてこないだろうか。しかも、そのヒトラーを納めた神殿に、毎年ドイツ首相が敗戦記念日にお参りしていたら、近隣諸国(および世界中)はどう思うだろう。




mojabieda * 白バラ * 21:47 * comments(0) * trackbacks(0)

映画『白バラは死なず』のテロップ事件 2

 以下はネットの『白バラは死なず』の解説資料──
http://www.kinderkinobuero.de/downloads/kino_ab_10/Online-Fassunge_WEISSE_ROSE.pdf
──の『戦後の司法』の後半の訳です。

社会の鏡としての映画

 フェアヘーフェンの『白バラ』の評価と受容の歴史へ目を投じてみると、はじめからこの映画は社会的な激しい抵抗を伴っていたことが分かる。
 助成機関(Foerderungsinstanz)が何度もこの扇動的な映画を拒否しただけでなく、レオ・キルシュという以前の共同制作者さえも、『白バラ』のような危険なテーマの映画から手を引いたほうがよいというある階層からの指示を受けてこのプロジェクトから降りてしまった。
 それによってフェアヘーフェンはただ独り戦うことになったが、かれは信念を失わず、映画による批判を、とくに連邦裁判所とその判決へとむけた。
 というのは「白バラ」に対する民族裁判所の判決そのものについて1982年の(映画)製作の年にはまだその無効が宣言されていなかったからである。
 ベルリン芸術祭における「白バラ」の初演にさいして、映画の(最後の)テロップには二つの短い、しかし批判をこめた文があった──

 「連邦裁判所の見解によれば、「白バラ」に対する判決は正当なものである。それは今なお有効である。」

 まがまがしい結果をもたらしたこの二つの文はフェアヘーフェンの作品だけでなく、映画制作者自身のためにもならなかった。
 映画制作者は連邦裁判所に対する「攻撃」のために不評を買った。
 外務省は「白バラ」をボイコットし、世界中のゲーテ・インスティテュートでこの映画を禁じた。
 高校でもフェアヘーフェンの作品を見せることは許されなかった。
 教員が生徒たちに事前準備を充分にするという条件で、ギムナジウムでのみ例外が許された。

 結局、「白バラ」が重要な戦後の政治的決定の一つを生み出したとは言わないまでも、それに影響を与えたということは確認できる。
 というのは、民族裁判所の判決を連邦裁判所が最終的に放棄し、ナチスの司法の被害者の名誉を回復したのは、フェアヘーフェンの映画が熱烈な議論を湧き起こしたからだ。
 また、その議論が1982年の時点で、ナチスの時代の、まだ見直されていない死刑判決というテーマに光を当てたのだ。
 この作品のボイコットや取り戻した名声や獲得された成果は、映画が政治的な表現手段へと前進しうることの例として役に立つ。
 もちろんそこには、勇気や意志やツィヴィール・コラージェ(市民として自分の信念を主張する勇気──ビスマルクの造語という)を奮い起こして、優勢な娯楽メディアの中で社会的・イデオロギー的な批判を呼び起こした映画制作者がいる。

mojabieda * 白バラ * 20:43 * comments(0) * trackbacks(0)

連歌を詠む

 平成18年8月7日に、花火でにぎわう町の居酒屋で「朋一の会」という風流な研究会(の暑気払い)がありました。酔いながら連歌を詠んだのですが、じつは連歌ときいて「レンガ?」「日干し煉瓦か?」と思ったほど、一同初心者でした。酔いも手伝い、だじゃれ・盗作も大目にみてもらいました。

「朋一の会」連歌・耳ばかりの巻

   ◯ 耳ばかりときめきにけり遠花火      梅
   ◯ 君が腕(かいな)の艶(つや)やかさ   峰
   ◯ 枝豆の収穫をせり汗かいて        清乃
   ◯ 白球をおう青春もあり          美乃
   ◯ 青春は若い者にはもったいない      峰
   ◯ 深き恋こそ年の功なり          清乃
(月)◯ おぼろなる月を見つめる幼な児の     美乃
   ◯ 瞳の先の未来いかならん         梅
   ◯ 漢字くらいせめて間違わずに書けよ    清乃
   ◯ 自分はさておき説教をする        美乃
   ◯ 春は花夏ほととぎす秋の月        梅
   ◯ 冬はつとめて冷たかるらむ        峰
   ◯ かき氷食べる気おきぬ南極の       美乃
   ◯ 夏に雑煮を食べる楽しさ         梅
(花)◯ 菜の花や月は東に日は西に        峰
   ◯ 一生感動一生青春            清乃
   ◯ マンデリンにかすかに感じる甘さかな   美乃
   ◯ 苦さ忘れてふり返る日々         梅
   ◯ 生命の始めに我はつながれり       峰
   ◯ 銀河のかなた瞳こらして         清乃
(月)◯ 毎月の憂さをひととき忘れにけり     梅
   ◯ 宇佐市は日本のUSA          峰
   ◯ 手の甲に憂えをやどす人の妻       美乃
   ◯ 雨降れば雨風吹けば風          梅
   ◯ 影をふむ我が靴紐の色あせて       清乃
   ◯ ふと見上げれば積乱の雲         美乃
   ◯ 夏あかね時の早さを惜しみつつ      梅
(花)◯ 夏が過ぎ時あざみ            峰
   ◯ 少年時代は口笛とともに         清乃
   ◯ なくしたくない物も知らずに       美乃
   ◯ 九条は日本が誇る世界遺産        峰
   ◯ 恩師の誇り我も伝えつ          梅
   ◯ 一分の一にはじまる人と人        清乃
   ◯ 語らう人のある嬉しさよ         美乃
   ◯ あえぎつつ我れ谷筋を登り詰む      梅
   ◯ 身捨つるほどの祖国はありや       峰 
mojabieda * 日記 * 07:09 * comments(0) * trackbacks(1)
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