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映画『木靴の樹』

 1979年に東京の岩波ホールでイタリア映画『木靴の樹』を観た。それから約10年後、ふたたび90年に東京のシャンテシネで観た。二度も『木靴の樹』だけを観に、東京まで一人で新幹線で出かけた。

 『菅原克己全詩集』の「日々の言づけ」という詩集のなかの「山小屋の夜」のなかにある、

 トウネ、トウネ
 おおかみのとこへ走れ
 ぼくはここにいる

 ということばは、映画『木靴の樹』のなかの、隣り村の青年が愛しい女性に逢いに来た帰りに、暗い夜道に一人脅えながら、歌を歌って自ら励まして帰るシーンに出てきた歌詞だった。菅原は79年に岩波ホールで観たのだろう。字幕には、

 トーネ トーネ
 オオカミの所へ
 トーネ トーネ
 おれはここにいる

 と出てくる。この歌は有名な歌なのだろうか。

 それにしても、2001年にDVDを3,800円で買ったのが、今2,000円台(値段がころころ変わるので特定できない)でアマゾンで買うことができる。発売日がちょうどこの前の9月26日だった。

 たくさんの印象的なシーンがある。たとえば新婚の二人が修道院を訪れ、孤児の赤ん坊を預けられるシーンと、木靴で小学校に通いはじめたミネクという名のかわいい男の子がお父さんに服を脱がせてもらっているシーン。

 この映画に描かれる北イタリアの農村の四季が絵のようだ。その絵画のような農村の四季とバッハの曲とを通奏低音にして19世紀末の農村の貧しい暮らしの苛酷さ、慎ましい人生の哀歓、家族と子ども、ともに棲む家畜へのいたわり(淡々とした屠殺のシーンもある)、変わりゆく社会なども描かれている。

 この前は高校生たちの演じた演劇を観て感動した。その感動には個人的な事情があったようだ。顔、髪型、声、表情、しぐさ、服、雰囲気など、どうしてこれほどまで似ているのかと驚くほど、むかしの人に主人公がうり二つだったから。

 この演劇にも、映画『木靴の樹』にも、じんわりと心に滲みこむものがあって、生きる力をもらったような気がする。






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mojabieda * 映画 * 18:59 * comments(0) * trackbacks(0)

週刊金曜日と高田渡



 『週刊金曜日』の9月5日号(717号)について語らねばならない。

 表紙がなんと高田渡。特集が「高田渡を語る」(井上陽水・小室等・森達也)。しかも沖縄の詩人・山之口貘の娘さんの山口泉さんのインタビューもある。

 この特集を読んで意外だったことは、高田渡が北海道で亡くなって東京に着いたとき、空港に迎えに行ったのが井上陽水だったこと。

 高田渡と井上陽水では陽水の方が年上だろうが、ぜったいそうは見えない。高田渡は老成して仙人のようだ。仙人になった高田渡の歌を一度聴けばだれもが「やみつき」になるだろう。その声と姿から立ち現れる存在感に圧倒される。輪郭がはっきりしている。すっきりと奥行きのある声。温かでゆるぎがない。

 またまた今日、菅原克己の「ブラザー軒」を読んだ。きのうは高田渡の歌う「ブラザー軒」をユーチューブで聴いた。1999年、たぶん東京日比谷公会堂のライブ。

 そうして思い出した。死んだ母親はわたしが大学から帰ってくると、しんぶんの囲碁コラムを(毎日切り取って)束ねておいたものをくれた。わたしは下宿にもどってそれをスクラップブックに貼り付けた。そんなスクラップブックがたくさんたまって、いまも倉庫に眠っている。どんな思いで毎日切り取ってくれたのだろう。もう遠い昔の思い出になってしまった。

 ユーチューブで観て聴く「高田渡 高田漣/ブラザー軒 1999年」の仕舞いごろ、いまは亡き高田渡がいっしょに公会堂で演奏している息子の漣をなにげなく聴衆に紹介する、「高田漣です」。


 ブラザー軒    菅原克己

 東一番丁、
 ブラザー軒。
 硝子簾(ガラスのれん)がキラキラ波うち、
 あたりいちめん氷を噛(か)む音。
 死んだおやじが入って来る。
 死んだ妹をつれて
 氷水(こおりすい)喰べに、
 ぼくのわきへ。
 色あせたメリンスの着物。
 おできいっぱいつけた妹。
 ミルクセーキの音に、
 びっくりしながら
 細い脛(すね)だして
 椅子にずり上(あが)る。
 外は濃藍(のうこん)色のたなばたの夜。
 肥(ふと)ったおやじは
 小さい妹をながめ、
 満足気に氷を噛み、
 ひげを拭(ふ)く。
 妹は匙(さじ)ですくう
 白い氷のかけら。
 ぼくも噛む。
 白い氷のかけら。
 ふたりには声がない。
 ふたりにはぼくが見えない。
 おやじはひげを拭く。
 妹は氷をこぼす。
 簾(のれん)はキラキラ、
 風鈴の音、
 あたりいちめん氷を噛む音。
 死者ふたり、
 つれだって帰る、
 ぼくの前を。
 小さい妹がさきに立ち、
 おやじはゆったりと。
 東一番丁、
 ブラザー軒。
 たなばたの夜。
 キラキラ波うつ
 硝子簾の向うの闇に。



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mojabieda * 音楽 * 00:43 * comments(6) * trackbacks(0)

菅原克己全詩集



 『ここが家だ──ベン・シャーンの第五福竜丸』の著者アーサー・ビナードの書『出世ミミズ』(集英社文庫)のなかに詩人・菅原克己の詩が出てくる。奥さんとの食卓での詩(ただし断片)。いい詩だなあと思う。さらにビナードの書『空からきた魚』(集英社文庫)を読む。「ローマの休日、調布の平日」のところ。詩人・菅原克己が調布市の佐須町(さずまち)に暮らしたとある。ビナードは佐須町へ奥さんのミツさんに会いに自転車で行く。2人のさりげない会話がいい。「ローマ・・・」を読むためにこの書と出会ったのではないかと思った。

 以前、高田渡の「ブラザー軒」をユーチューブで聴いて感動。いい歌だなと思った。この詩が実は菅原克己の詩だった。

 結果、わたしは『菅原克己全詩集』(西田書店)を買った。値段は言わない。

 淡いパステルカラーのカバーの、分厚いすてきな本だった。帯には「事大主義、深刻、見せかけ、難解、それがいちばん嫌いだったのでぼくは詩人になったはずだ」とある。帯の詩は「ヒバリとニワトリが鳴くまで」のなかのことば。この詩の詞書(?)もけっさく。「ゆうべは酔っぱらって、しきりに何か書いていたらしい。目を覚ますと、この紙片がおいてあった」とある。その13と14番を引用してみる。

 どんなに忍耐強く、
 小さく、黙って、
 人は生きてきたことだろう。
 となりのおじさんは
 こどもと二人ぐらしで、
 勤めが終ると
 こどものために市場で
 魚や大根を買って帰る。
 道で出会うと
 大根を振りながら笑う。
 ぼくが詩を書くのは
 まさしく、
 そのことが詩であるからであって、
 詩が芸術であるからではない。

 きのう、
 さわやかな目覚めに
 わが家に朝陽がさしているのを見た。
 それから、
 かみさんが野菜を切る音を聞いた。
 ぼくはささいなことが好きだ。
 くらしの中で
 詩が静かに不意打ちのように
 やってくるというのは
 ほんとうだ。

 菅原克己が亡くなってすでに20年。ビナードの書から奥さんのミツさんはまだまだ健在だと思っていた。ところが詩集の年譜を見てびっくり。7年もまえに自宅が全焼して亡くなっていた。ビナードはいつ奥さんと会ったのだろう。

 なんと詩集の中にある栞に、ビナードと高田渡が出てくるではないか。奥さんが亡くなったときの様子も。ビナードのは『出世ミミズ』の文章がそのまま載っている。高田渡のはインタヴュー。しかも例の「いせや」で。かれは飲んでいただろうな。

 詩集のなかの「山小屋の夜」という詩にわたしの大好きなイタリア映画『木靴の樹』のなかに出てくるらしいことばが引用されている(ただし詩集の注には「木靴の木」とあって誤植だろうか。あえてそう訳したのだろうか)。

 トウネ、トウネ、
 おおかみのとこへ走れ、
 ぼくはここにいる

 このことばは映画のどこに出てくるのだろう。



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mojabieda * 読書 * 19:15 * comments(28) * trackbacks(0)

ヘッセの詩「晩夏」

 テレビのドイツ語講座で児玉清がヘッセの『庭での楽しみ』(『Freude am Garten』)のなかの「晩夏」(Spaetsommer)という詩を紹介していた。それで訳してみた。訳はテレビの字幕にもなっていた『庭仕事の愉しみ』(岡田朝雄訳/草思社)を参照した。


Spaetsommer
晩夏


Noch schenkt der spaete Sommer Tag um Tag
また一日と晩夏が贈ってくれるものは

Voll suesser Waerme. Ueber Blumendolden
あふれる心地よい温かさ まあるい花房の上を

Schwebt da und dort mit muedem Fluegelschlag
一羽の蝶がものうげに羽ばたきあちこちに漂っている

Ein Schmetterling und funkelt sammetgolden.
金のビロードのように燦めいて



Die Abende und Morgen atmen feucht
朝晩は息づいている

Von duennen Nebeln, deren Nass noch lau.
しっぽりと薄い霧に湿りながら ほら霧はまだぬくとい

Vom Maulbeerbaum mit ploetzlichem Geleucht
桑の木からキラリと輝いて

Weht gelb und gross ein Blatt ins sanfte Blau.
一枚の黄色く大きな葉が柔らかな青空へ舞い飛んでいる



Eidechse rastet auf besonntem Stein.
トカゲは陽の当たる石の上で休らい

Im Blaetterschatten Trauben sich verstecken.
ブドウの房は木陰に隠れる

Bezaubert scheint die Welt, gebannt zu sein
世界は魔法にかけられたように呪縛されている

In Schlaf, in Traum, und warnt dich sie zu wecken.
眠りのなかに夢のなかに そうして君に起こすなと警告している



So wiegt sich manchmal viele Takte lang
そう 音楽がいくたびも数小節のあいだ揺れうごく

Musik, zu goldener Ewigkeit erstarrt,
黄金の永遠の前に立ちすくんでいたけれど

Bis sie erwachend sich dem Bann entrang
目覚めてその呪縛をふりほどくまで

Zurueck zu Werdemut und Gegenwart.
ふたたび生成への勇気と現在とをめざして



Wir Alten stehen erntend am Spalier
われわれ老人は格子垣のたもとで穫り入れをする

Und waermen uns die sommerbraunen Haende.
そうして夏の褐色の両手を温めている

Noch lacht der Tag, noch ist er nicht zu Ende,
日はまだ笑っているよ 終わりはまだ来ない

Noch haelt und schmeichelt uns das Heut und Hier.
まだまだ「いま・ここ」はわれわれを繋ぎとめ愉しませてくれる


  Hermann Hesse『Freude am Garten』
  ヘルマン・ヘッセ『庭での楽しみ』より


わたしもまねて続きつくってみる。超蛇足。

庭にはしんみりと白粉花が咲き
夕暮れどきの風が涼やかに薫る
夜の帳が降りはじめた空からは
刈り取られた田の香りもするのだ


 

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mojabieda * 読書 * 06:57 * comments(0) * trackbacks(0)

超エコ先進国

 この前たまたまテレビ番組を三つほど並行して観た。一つは徳川宗春、一つはサスケ、一つは『ビートたけしの独裁国家で何が悪い!?』。最終的にサスケを観てしまったけれど、『ビート・・・』はたいへん興味ぶかかった。(大)にっぽん(帝国)放送の番組で、あなどっていたため録画しなかったのがざんねん。

 わたしが観た場面はキューバ。15年で食料自給率が40%から70%に上がった国。米国からの海上経済封鎖、ソ連の崩壊などによって、自給自足せざるをえず、これによって逆にいまや世界がうらやましがる超エコ先進国になっている。

 まず輸入がとだえて化学肥料が使えないから有機農業。都会でも空き地があれば耕作している。もちろん田舎の農業は国家によってたいへん優遇され、都会よりも給料が高く、農村にはゆきとどいた設備があり、医療、学校、生活物資、エンターテインメント(映画館、ディスコ、インターネットなど)に困らない理想の土地になっているから若者がたくさんいる。都会へ行きたいとは思わないらしい。若者の表情が明るい。

 で、田舎でヒッチハイクをしている人がたくさん道の脇に並んでいる。それを整理しているお役人らしい人もいて、インタヴューすると、キューバのドライバーはみんなヒッチハイクの人を拾わなくてはならないらしい。で、もし無視したらどうなるの?(独裁国家だから厳罰か?と思って)と尋ねると、会社の社長に怒られる、という返答に苦笑。その牧歌的なヒッチハイクの風景から昭和30年代の日本のようだと言ったタレントがいた。車がみんなポンコツだなあとたけしが苦笑していた。

 毎朝(まいちょう)ではなく、大にっぽん帝国放送で、(社会主義礼讃みたいな)こんな内容を放送していいの?などとわたしも苦笑してしまった。

 貧しい生活なのかもしれないが、人々の表情は明るく、若者が生き生きしていた。未来がある、という感じだった。

 蛇足。対照的な国が脳裏にうかぶ。同じ島国だが年々田畑がなくなり、食料自給率が低下し、汚染食料が話題になっている偽装大国。


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mojabieda * テレビ番組 * 07:08 * comments(0) * trackbacks(0)

路地裏の記憶



 小川国夫さんのことをネットで調べていたら、次のようなことばに出会った。

 路地にも真珠色の光があった(小川国夫)。

 この路地は子どものころの路地ではなかったか。蜘蛛の巣のような狭い路地裏。大人の目からではなく、子どもの目からの、じめじめと湿った水たまりの地面に近い視点から見た原風景ではなかったか。それも朝の情景だ。光が地面に反射している。

 真珠色というひびきにこめられた情感には、柔らかな輝きと同時にしっとりと温かく包み込むような人肌の情感がある。

 わたしには土間の三和土(たたき)の匂いにも通じるように感じる。

 さらに真珠とは円環する閉ざされたこの世ならぬ純粋な空間。ひそやかにそこへ通ずるかのような路地裏の記憶。






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mojabieda * 人生 * 08:46 * comments(0) * trackbacks(0)

あつさむい



 いつしかに夏の名残となりにけり雑草ばたけのひまわりの花



 9月も第2週に入ってまだ夏の名残の暑さがつづきます。朝方の風は涼しいのに日中は暑いという「あつさむい」日々。

 さて、忙しい毎日を送っていると、ついさっき考えていたことを「3秒」で忘れてしまいます。わたしはこれを「3秒」ルールと呼んでいます。だから時間との勝負。

 それを人を「鶏のようだ」と評します。鶏は3歩あるくと物を忘れてしまうから、という。

 それで今朝はメモ帳に記そうと思った今日のToDoを実際3歩あるいたら忘れてしまいました。忘れてしまわないようにメモ帳(備忘録)に記そうとしたメモまで忘れてしまうようなら、もうどうしようもありません。ちょっと絶望的になりますが、忘れていたことを、かなり後になってふと思い出しました。体が覚えていたというような感じです。

 つまり忘れてしまったのではなく、思い出すのに(ちょっと)時間がかかっただけ、と考えればいいのかな(という気休め)。思い出したら、たいした用事ではありませんでした。

 さて、明日の日曜日14日は中秋の名月。そういうことは忘れないらしい。


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mojabieda * 日記 * 07:18 * comments(0) * trackbacks(0)

『イタリア・マフィア』を読む

 寝床で寝転がりながら『イタリア・マフィア』(シルヴィオ・ピエルサンティ/ちくま新書)を読了。三面記事ならぬ週刊誌のゴシップ記事のような文章。訳文もなんだかな〜という感じ。しかし一読してその内容におどろいた。
 
 南イタリアやシチリア島がどれほど風光明媚で世界遺産にあふれていようと、命あっての物種だ、とても観光旅行などに行けない、行く勇気がなくなってしまう、そのような現実を知る内容だった。

 反マフィアの検察官・憲兵・警察官などが今までどれほど惨殺されてきたことか。マフィアがどれほどの力を持ち、イタリア政界・財界・教会とどれほど深く結託してきたことか。裏の権力がどれほど表の権力に密接につながっていることか。

 そのようなイタリア(だけではないが)の現実の闇の深さを知った。また、大戦中・戦後には米軍がマフィアと結託し、反ナチス、反共の「同志」として米国が利用してきたらしい。

 イタリアのメディア王と呼ばれる企業家でACミランのオーナー、かつ大物政治家で首相も務めたベルルスコーニがかつて総選挙で落選して政権が野党に渡ったとたん、あたかも一つの時代が終わったかのように、当時40年以上も逃亡しつづけ、地元に潜伏していた闇の帝王のようなイタリア・マフィア最大の大ボスが急遽逮捕されたという。

 この書の第六章の題名は「マフィアとベルルスコーニ政権」。マフィアとの「かかわり」をかなりの枚数をさいて述べている。06年の4月に(ベルルスコーニから)野党へ政権が渡ったが、その直後の5月にこの書が記されている。いわば「空白の時」をねらって出版されたのだろう。あたかもマフィアの大ボスの逮捕と同じように。闇の底に沈んでいたものが、少しは明らかになった、という印象を受けた。

 だが、ベルルスコーニは2年後の今年また首相に返り咲いた。

 「空白の時」に大ボスは逮捕され、この書は出版された。もし時期がずれて「返り咲き」の時であったならば、この書は出版されなかったかもしれない。そういう意味で今読むことは貴重だ。

 マフィアの大ボス・プロヴェンツァーノが逮捕されたあと、著者はこう述べている、「(プロヴェンツァーノは)先代の大ボスのトト・リーナと同じような(ずる賢い)男である。だが我々の座る舞台正面の位置からは見えない誰かが、この大ボスを裏で操っていた。(マフィアの大ボスは潜伏中の羊飼いの家で逮捕されたが)黒幕は豪邸に暮らし、超近代的なオフィスで多くの優秀な大学卒の部下と共に、何カ国語も駆使して世界情勢を操っている。大企業や銀行の総裁など社会的地位の最も高い人々である」(p226)。


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mojabieda * 読書 * 22:25 * comments(0) * trackbacks(0)

こんな本があった!

 『こんな本があった! 江戸珍奇本の世界』(塩村耕/家の光協会)読了。

 おもしろかった。はじめ本の題名だけ見たら「トンデモ本」かと思ってしまったけれど、読んでみて古文書の世界に目を開いてくれる学術的な本だと分かった。愛知県に西尾市という都市があり、そこに「岩瀬文庫」という古文書館があるらしい。そこにある珍しいさまざまな古文書の紹介をしている。

 わたしが知りたかったシロツメクサの由来が記してあるのはその岩瀬文庫にある古文書『竹園草木図譜(ちくえんそうもくずふ)』。以下は『こんな本があった!・・・』に記されていること。

 『竹園草木図譜』の著者は貴志孫大夫忠義(きしまごだゆうただよし)。江戸末期の旗本。今の静岡市(江戸時代の駿府町)の奉行。

 この奉行がシロツメクサとの日本で最初の出会いを記した。じぶんで命名した名前は「オランダマゴヤシ」。『こんな本・・・』には奉行が描いた絵も載せられているが、まさしくシロツメクサ(クローバー)だ。

 弘化3年(1846年)2月、オランダから献上された書籍や「切子の火灯、花活けの類」が入った箱には枯れ草が敷き詰められていた。奉行がそれらを全部取り除いたところ、箱の底に種を見つけた。好奇心の強い人だったらしく、それをじぶんの庭園「竹園」に植えた。「月を待たずして苗を生ず・・・はからず西洋一奇草を得たり」という。

 どうでもいいけれど、「切子(きりこ)の火灯(かとう?)」とはガラスの行灯ということならランプのことだろうか?

 やがて10年後の安政3年(1856年)に飯沼慾斎(いいぬまよくさい)なる人が編集した『草木図説前篇』という本に、その渡来の次第が記されて「オランダゲンゲ」と名づけられ、明治7年(1874年)の改訂版『新訂草木図説』では「ツメクサ」という別名が記されたという。こうして「(シロ)ツメクサ」の名がひろがったらしい。この『草木図説』の跡を受けついだ?のがあの有名な『牧野植物図鑑』らしい。しかもこの『草木図説』のダイジェスト版である『四季草花譜―飯沼慾斎 草木図説選』は現在でも出版されているらしい。

 これらの話の大部分が『こんな本があった!・・・』に記されている。『こんな本があった!・・・』こそ、まさしく「こんな本があった!」そのものだと思った。

 この本はおもしろくて一日で隅から隅まで読んでしまった。著者が楽しんで記していることがよく分かるから、読んでいる方も楽しくなる。わたしも「くずし字の世界」を知りたくなった。それぞれの人の書いた字そのものに文化と教養の堆積とその人の人生が垣間見て取れるのかもしれない。



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mojabieda * 読書 * 06:35 * comments(0) * trackbacks(0)

夏の終わり



 夏の終わりごろのことを晩夏というのだろうか、シュティフターの小説の名になっている。



 町内の防災訓練があった。天気がよい。空気がもう秋だ。田んぼの穂波にはトンボが舞い飛び、案山子もたくさん見える。ポンプの水に子どもたちが群れ集まった。



 百日草が庭に一輪咲いている。優雅に永く咲いてくれるが、この夏だけ。






 夕暮れに群青色の空を見た。その群青色を眺めていたら、なぜか妙に胸がわくわくした。誰かと待ち合わせているかのような思いだった。

 翌朝の夢に、むかしの懐かしい女性が出てきた。心に滲み入るような邂逅。目覚めたあとも、しんみりとした感情が残った。

 なにとなく君に待たるる心地して出でし花野の夕月夜かな

 これは与謝野晶子の歌だが、この歌のキーワードは「なにとなく」ではないかと思った。わたしなら、「なにとなく君を待ちたる心地して眺めし窓の群青色かな」。


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mojabieda * 暮らし * 19:00 * comments(0) * trackbacks(0)
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