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土肥信雄先生の講演会ひらかれます

 前都立三鷹高校長の土肥信雄先生の講演会が8月17日の午後1時から、静岡市の「県教育会館」4階大会議室でひらかれます。
JUGEMテーマ:学問・学校
mojabieda * 学校 * 05:57 * comments(0) * trackbacks(0)

通勤哲学?

 車で通勤をしているあいだ、ちょっとした「哲学」(下手の考え休むに似たり)をすることがある。それを通勤哲学?と呼んでいる。これは朝だけの話。帰りは疲れていて頭はエポケーに陥っている。  

 この前は二つのことを頭に思い浮かべた。というより、勝手に思い浮かんでくる。  

 一つはパステル色の匂い。先行車の後ろのペイントの色をながめながら思ったこと。 

 色に対する感性は幼いころほど鋭かったように思う。色に対しては匂いのようなものまで感じていたようだ。とくに特定のパステルカラーには敏感だった。年をとるにしたがってそのような感性は失われてしまった。古語で「にほひ」とは色艶がうつくしいことをいうが、昔の人は色に対する感性が鋭いままだったのかもしれないな、などと思ったりした。  

 もう一つは「この世の意味」と「この世を生きる意味」とのちがい。「この世を生きる意味」とは、じぶんの問題であり、じぶんが作り出すか、見つけるしかない問題。しかし「この世の意味」とは、直接じぶんとはかかわらない問題。いつまでも不分明なままだ。  

 「この世の意味」ってなんだろう?ということをしみじみ考えた。こんなことを考えたのは、おそらくわたしの頭のどこかでこの世を生きるに値しない世だと、ちょっとばかり悲観的に考えていたからかもしれない。しかし、これは問題のすり替えだ。ひたすら純粋に(じぶんが生きる意味とはかかわりなく)「この世界の意味」とはなんだろう?と考えると・・・やはり下手の考え休むに似たりか。  

 ただし、この二つのことがらを思い浮かべた意味を考えるとおもしろそうだ。「この世の意味」は「むこうがわ」にあり、人は「この世」に生まれたとき、その断片の輝きをわずかに記憶しているだけなのではないか。そうして「この世」をじぶんが生きるあいだにすっかり忘れてしまう。おそらく「この世」から離れるときになってはじめてまた思い出すのかもしれない。「この世を(じぶんが)生きる意味」に囚われているとおそらく気がつかない。じぶんが生きる意味をじぶんで作り出そうとすると分からない。このことを仏教では煩悩と呼ぶのだろうか。そんなことを考えた。  

 この世の「意味」が「むこうがわ」からやって来るとき、この世を「生きる意味」もそこに含まれるだろう。  

 そこでまた考える。『論語』のなかにあったことば。「子曰く、古の学ぶ者は己の為にし、今の学ぶ者は人の為にす」(憲問篇)。通常の解釈は古来から「理想の昔の学問は自己の修養のためであった。今の学問は人に認められようとする、社会的処遇を得るための学問である」とする。しかし、この解釈はかなり無理がありそう。  

 わたしの勝手な解釈は字句どおりだ。「理想の昔の学問はじぶんのために学ぶという学問。今の学問は世のため・人のために学ぶという学問」。世のため・人のための学問がじぶんのための学問よりも劣る。なぜなら、「世のため・人のため」に何かをすることは、結局のところ「じぶんのため」に結果するからだ。反対に、「じぶんのため」を究めると「世のため・人のため」に結果する。逆説的だ。聖書にも「右手のやることを左手に知らせてはならぬ」とあるらしい。  ここには人間の「意識と存在の乖離」がある。  

 このつづきはまた今度の通勤のとき(今度と化け物には行き逢うたことがない)。 

 
JUGEMテーマ:日記・一般
mojabieda * 人生 * 07:12 * comments(0) * trackbacks(0)

貧困というより人権無視の問題

 昔ある社会科教員が北海道のアイヌを「少数民族だから・・・」と言って、言外に切り捨ててかえりみないような発言を聞いて、ひどく違和感を覚えたことがある。  

 少数の、特別な階層という見方で切り捨ててきた人たちが、いまや、ようやく「我が身も同じ」ことに気づきはじめたようだ。明日は我が身どころか、今日の我が身だ。劣悪な労働環境には非正規も正規も違いはなくなってきた。  

 『クレスコ』の7月号(100号)の佐藤学とカン・サンジュン(姜尚中)の記念対談を読む。  

 カン・サンジュンは「私は、こういった現実について、(日本の)若者が『在日化』していると言っています」と述べている。  

 佐藤学は「私は、『第三世界が内在化した』と言っています。旧来、植民地的な収奪の中におかれていた貧困が、グローバリゼーションによって一気に日本を含む先進諸国の中に出現しています」と述べている。  

 カン・サンジュン(姜尚中)のいう(日本の)若者の「在日化」と佐藤学のいう「第三世界の内在化」とは重なるが、まだなにか少し斬り方が足りないような感じがした。そこでノーマ・フィールドのことばを思い出してみる。  

 1994年の雑誌『世界』のなかでノーマ・フィールドは次のように述べている。 

 ――もう一つ、日本人だから優遇されるとか、日本人対非日本人という加害・抑圧の構図もあることはありますが、日本人の中の弱者の問題も忘れてはならないと思います。たとえば水俣病患者の訴訟を見ていても、棄却されるときの裁判官の言葉というものは、たとえば韓国・朝鮮人の補償請求の訴訟を棄却するときと同じ、門前払いの官僚的な言葉を使っている。日本国籍をもっている人たちでも、弱者の立場におかれたときには、被差別部落の人でなくても、在日の人でなくても、アイヌでなくても、沖縄の人でなくても、誰に対しても、どんな日本人であっても向けられることがありうる言葉です。それから私が今回日本に来て本当にショックを覚えたのは、女子大生が職を得ようとしたときに、普通の日本人男性が彼女たちに向ける言葉が、想像もつかないほど野蛮なものだということです。人権無視がここまで日本の社会に浸透している。戦後補償を考えることから、意識をそこまで広げていってほしい。  

 ここを読んで、現代日本の問題は貧困の問題というより人権無視の問題として斬り込んだほうが分かりやすいのではないか、と思った。貧困だとそれを「つくりだす者」と「うけとめる者」との関係が分かりにくい。  

 日本社会のさまざまな基準が健康な成人(男性)を基準としてつくられてきた。それに対してバリアフリーという思想がようやく普及してきた。子どもや傷病者や老人や女性を基準にして世の中がつくられれば、健康な成人男性も、そのぶん生きる上でのハードルが低くなって生きやすいはず。このように生きるハードルを低くするという「バリアフリー」の思想を、社会的弱者や虐げられてきた人たちに対しても広げ、その人たちが生きやすい社会こそ、万人にとって生きやすい社会になるはず。

 かつて若桑みどりが何かに書いていた───弱い者を中心に生きることを文化といい、強い者を中心に生きることを野蛮という。

JUGEMテーマ:日記・一般
mojabieda * 世情 * 22:11 * comments(0) * trackbacks(0)

日米平和友好条約を

 高校の日本史の授業で習う日米の不平等条約。たとえば「日米和親条約」「日米修好通商条約」などなど。江戸時代や明治時代のはなしだ。帝国主義の時代、列強に対してこれら不平等条約を撤廃させることが当時の極東政府にとってどれほどの悲願であり苦労であったか、という話をくどいほど習った。高校時代そんな大昔の「日米関係」など現在とはかかわりないものを、と思っていた。受験校だったから近代史はここまで。かんじんの現代史を習わなかった。  

 ところで、いまの「日米安保条約」はどうか。日米は対等か。  

 米軍のグアム島(米国領)基地建設に巨額の日本国民の税金が使われる。このグアムをふくめて在日米軍の再編・強化のために三兆円を日本国民が負担する由。それでなくても「思いやり予算」をふくめて毎年数千億円も在日米軍の「駐留」のために日本国民は税金を投じてきている。いわば大家が店子に「家賃」を支払い続けている驚天動地・前代未聞・空前絶後の「石が流れて木の葉が沈む」関係。この関係を日米修好やら日米同盟やら日米協調やらというのだろうか。どんな主権国家でも、日本国以外にこんな税金の使い方をする主権国家はこの地球上には存在しないだろう。日本の市民が日本国政府に「かつあげ」された上納金(税金ともいう)はどこへゆくのでしょう?  

 自民党の幹事長・内閣官房長官であった野中広務氏でさえ「日米平和友好条約」を結ぶべきだと述べている。そうでなければ日本はいつまでたっても米国と対等になれないと。  

 日米安保条約ではなく、対等な日米平和友好条約を、いつになったら日本政府は締結することができるのだろうか。  

 去年の秋、たまたま伊豆の下田の港を歩いていたら、記念碑のようなものがあり「日米交流150周年によせて」という米国のブッシュ大統領のメッセージが記されていた。2004年の3月31日とある。 1854年の日米和親条約調印からその年は150周年に当たっていた。この150数年のあいだに、さまざまな出来事があった。とくに第二次大戦など。  

 だが、長い目でみると、150年間「同じ関係」が続いてきたのではないか。そのことを問わず語りに語っているのが下田の記念碑だ。この関係はこの日米和親条約からはじまっている。急激に近代化した東洋の辺鄙な一小国と世界に冠たる米国との関係は、はじめから対等ではない。軍事力をもって鎖国を打ち破り、むりやり通商条約をむすばせた強国は、大陸の先住民を追い散らし西海岸まで到達した勢いで太平洋の彼方の下田へと進出した強国だった。その最前線の足跡を記念して下田に記念碑が建っている。  

 火が灯っている記念塔の碑文には「今日、日米両国はゆるぎない関係とパートナーシップを擁立し・・・」と記されている。原文は「Today, we are building on our strong relationship and partnership・・・」  

 ゆるぎない「対等な」「信頼」関係ではなく「ゆるぎない関係」と訳されている。いわば日本列島は米軍の「不沈空母」として「ストロングなリレーションシップ」が確立させられているということか。いざとなれば捨て石にされ、火中の栗を拾わされる「パートナーシップ」も。  

 イギリスでもっとも勇敢な連隊はウェールズやアイルランドやスコットランドのケルト系の連隊だという。アングロサクソン系のイングランドの連隊ではない。なぜならケルト系が、勇敢にならざるをえない最前線へ派兵させられてきたからだと南山大学のマイケル・シーゲル氏からきいたことがある。氏の父親はオーストラリア兵として「宗主国」のイギリス軍のために「捨て石」にされて戦死したという。  

 世界のさまざまな国がいま最強の軍事国家にひきずりまわされて火中の栗を拾わされている。アフガニスタンでは先日ドイツ兵が戦死した。英兵などなおひどい。さいわい日本には憲法九条というタガがはめられているものの、もしこれがなかったら、米国は英兵以上に海外のもっともひどい最前線へ日本のフォースを送り込んでいただろう。その代わりに「みかじめ料」を払わされているという仕組みだろうか──


JUGEMテーマ:日記・一般
mojabieda * 時事 * 09:03 * comments(0) * trackbacks(0)

下の子のことば 6

 下の子は5歳になった。あいかわらずへんなことばを言う。
 
◯ たなめぎ(たまねぎ)/ マ行とナ行とが逆転したようだが、「たなめぎ」とはかえって難しい発音。よく言えるなあと思う。 
◯ うんろう茶(ウーロン茶)/うんどう茶とも聞こえる。あまりおいしそうなイメージではない。 
◯ せきかんたい(敵艦隊)/「てきかんたい」と発音できるのに、勘違いしている。「てきかんたい、だろ?」と訊いても「せきかんたい!」と譲らない。
◯ おさいぶ(お財布)/「ふ」を濁音にするのは「ふ」がうまく発音できないからだろうか。さいきんはじぶんが変な発音していることを知っているようで、ときどき「おさい・・」とまでしか言わず語尾をごまかしている。 
◯ ぷーせん(風船)/イメージ的には「ぷーせん」の方がいい。ぷう〜とふくらませた感じになる。 
◯ じゅうえんまん(十万円)/「まん」と「えん」とが逆転した。基本的に彼の頭の中の通常のお金の単位がせいぜい10円だからだろうか。
◯ つまみ(つまようじ)/よく分からない省略語。酒のつまみをよく横取りする。 
◯ これからあさがおとひまわりうむ(埋める)/「埋める」も変で、きちんと「植える」と言ってほしい。 
◯ ろっぴゃく/数字といえばすぐに600と言う。どれほどの数字なのか本人は分からないと思う。発音しやすいのか、何かの数字がインプットされてしまったのか。 

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mojabieda * 子育て * 06:23 * comments(0) * trackbacks(0)

乗っ取られているという感覚

 ひきつづいて『「里」という思想』のなかで目を引いた箇所がある。

 「出会い系サイトなどの勧誘メールが飛び交っていた頃、私の携帯電話のメール機能を利用していたのは、私ではなく、いかがわしい業者たちであった。自分の道具としてもっているのに、いつの間にか、顔も名前も知らない業者たちに携帯メールは乗っ取られてしまっていた。自分のものであったはずのものが、気が付いてみると、何者かに乗っ取られている。それが現代社会の姿なのかもしれない。

 自分が学ぶために学校に行ったのに、その教育は社会システムを再生産するための装置になっていて、この社会システムに使われていく人間として、自分が教育されている。それをとおして、自分自身が何者かに乗っ取られていく。自分の目的があって働いていたはずなのに、企業と市場経済のなかに身を置くうちに、いつの間にかその目的さえ、企業と市場経済のメカニズムに乗っ取られ、いまではそこからも使い捨てられている自分がいる」。(p194)

 「自分の精神が何者かに乗っ取られ」ているという感覚はわたしにもある。人間の手によってつくられた仕組みにアクセスしているだけで、精神の深みに降りられないもどかしさ。この世との接点が直接的ではなく、人工的にシールドされた自閉的空間のなかで、その向こうの世界を逆にヴァーチャルなものだと思いこんでいるみたいな錯覚。さらに尾崎豊ではないがいつのまにか「仕組まれた自由」に自発的に服従しているようなじぶん。社会のさまざまなシステムの関数にくみこまれて、その変数の一つになっているだけにすぎないような。真木悠介のことばなら──

 「彼はじっさい、人生などまるでなかったみたいなものだ。刻々にインプットされる「情報」の無数に連立する方程式や不等式から、その都度「最適」の解を算出して行動する情況の自動機械(オートマトン)が、宇宙の悠久の「時間」のさなかに束の間存在しただけのことだ。/彼は客観情況のたんなる函数(機能)(ファンクション)にすぎない。すでにある事物によってすでに書きこまれた限りの「未来」を、みずからの行動によって実現する媒体であるにすぎない」。(真木悠介『人間解放の理論のために』p45)

 内山の文章には「企業と市場経済のメカニズム」とあるが、学校教育はさらに「国家」のメカニズムを組み込んでいる。そうしてそれらのシステムを再生産するための完璧な装置となっているのではないか。 

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mojabieda * 世情 * 06:58 * comments(0) * trackbacks(1)
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